祝いの酒

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   大口の商談が決まった。  相手はいけ好かないかの有名な【八百万会】の会長だ。  八百万会は古くから日本に住む魑魅魍魎を庇護してきた協会なのだが、いまやそれも名ばかりに巨大な魑魅魍魎専門の闇エージェントの組織へ様変わりしている。  「応接室の扉を特注させてほしい」そう言いやってきた《会長》とやらは齢40歳ほどのただの男に見えた。  ほんの数時間前を思い出す。うちの店の来客用の革張りソファに大げさに足を開いて座る男。チャコールグレーに縞の折柄のスーツには一日の生活皺を見て取れ、あたかも普通のサラリーマンのようでもある。  しかし一方で印象に残らない顔立ちに浮かべた微笑みには僅かにではあるが確かに、高圧的ななにかが滲んでいた。  あれがある種の組織の頂点に立つ者の自信なのだろう。 「どうだできるか?」  興味津々といたずらっぽく言う男の体臭に混じる歪んだ匂いに俺はつい眉間を曇らせた。  これは《時を渡り歩く》者特有の匂いだ。  誰にでもわかる匂いではないが同じ穴の狢である俺は嗅ぎ慣れているから間違いようがない。不愉快だった。  もはや体臭といって大げさでない自らの体にも染み付いた匂いと同じ匂いがかのご会長様にもまとわりついている。  俺は忌まわしい香りに急き立てられるように無茶な要求を丸飲みし会長を追い返したのだ。 「生ビール」  俺が言うとカウンター越しに店主が黙ってうなづく。  悪い話でないわりに気分が浮ききらない。  相手が誰であれもうけのいい話がついたんだ。もっと浮かれたっていいのに俺は何が気に食わないのか。  店主の表情のない顔をぼうと見つめる。  会長様はこの俺に横軸の空間だけでなく縦軸の時間まで歪めてみせよと言った。つまり、どの場所のどの時代からもアクセス可能の応接室を実現するために魔法の扉を作り出せという。  実現できれば金をはずむ、というわけだ。    実のところ法に触れることに目をつぶればわけない話だった。これでも専門の学術機関を出ている。しかも成績は首席だ。卒業しなかっただけで。  グラスで出されたビールを一気に煽る。 「あんたはいつもビールばかりだ」     
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