迷える客を食え

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迷える客を食え

 その時トイレへの細い通路の暗がりからふらりと人影が現れたので、店主がちらりとそちらを見る。 「おや…これはこれは…」  驚いた声に俺も振り返ると若そうなスーツ姿の男がいる。危なげな足取りでえっちらおっちら千鳥足を踏み出す様は見るからに危なっかしい。  それでもそいつはカウンターの明かりめざして朦朧としたハエのように右へ左へカーブを描きながら進んでくる。 「いったいなんで人間なんて入ってきたんだ」  厨房でハエでも見たような調子で店主は言う。  表情は変わらないが声色で面倒臭がっているのがわかる。 「ああ確かに人間だな。でもなんかあるんだろこいつも。見た目が普通なだけで」 「いや俺の勘は外れない。こいつは”ただの”人間だよ」  コツ、とグラスを置き店主はカウンターの裏から出てくる。 「ぎゃーぎゃー悲鳴をあげられる前にオトシて放り出すか。ちょっと待っててくれ」 「どの扉から来たかわかるのか」 「さあな。泥酔してるようだし妙な場所に放り出したって覚えちゃないだろ」  このバーには幾つも〈出入り口〉がある代わりに扉はひとつもない。しかし客は唐突に店内に出現する。     
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