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「吉兵衛様が亡くなってから二年目、あなたさまがお店に通ってくるようになりました。わたくしははじめ、まさか中村様が常々聞かされていた吉兵衛様のご子息だとは思いませんでした。ほかのお客と同じような方だと思っていたのです。ただわたくしは中村様ほど熱心にわたくしのことを想ってくださるお客を知りませんでした。それで吉兵衛様の親身な養育のことが思い起こされる気がして、わたくしは中村様のことをお慕いするようになりました。かつての吉兵衛様のように、あなた様がわたくしを愛してくださることを想いました。なくなった吉兵衛様の姿をほかの方に重ねて慕うことは罪悪であったのでしょう。しかしわたくしはその時中村様をお慕いし続けることを選んだのです。中村様の熱心により、吉兵衛様についぞ迷惑しかかけられなかった、矮小なわたくしの存在が肯ぜられた気がしたのです。だからこれは中村様のためではなくわたくしのための身勝手な恋でございました。否、つまるところ恋とは己の生を赦すための身勝手なものなのかもしれません」
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