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達夫がはじめて由紀子と出逢ったのは、父親の三回忌の集まりを終えた帰りに立ち寄ったカフエーでのことであった。
実母を幼少のみぎりに失っており、父の死後実家に帰した病弱の継母を頼ることもできなかった達夫は、未だ学生でありながら儀式一切を取り仕切らねばならなかった。豪農の実家と縁を切り商いを生業とすることを望んだ父は一代のうちに大層な資産を築いたため、達夫は幸にして金に困ることはなく、普段の家のことも信のおける下人に任せておけた。しかし商いの付き合いのある家の外の方々との社交を使用人にゆだねることはできかねたし、使用人もそれを拒んだ。そこで達夫は学業を続けながらもたびたび家に呼び戻されて父の協力者やら好敵手やらと会わなければならなくなった。生前いい顔をしていたのに、死んだとたんあちこちで父の愛人の噂などを言い立てて嫌がらせをする油断ならない者も中にはいたし、世間でも達夫の父のようなものは成金と呼ばれて大層蔑まれていたからである。
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