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「なるほどね。」
話を聞き終えた彼はそう呟いて、ふぅ、と一度、軽くため息をついた。あまり見ることがない、彼の真顔。そういう顔をすると、薄い瞳の色が、よくわかる。だけど、笑顔ばかり見ているせいか、口角は少し上がっている気がする。
「拳くんの同僚さんが元万引き常習犯に恋をしていて、拳くんは、悪人に恋をするなんてわからないって言ったんだね。」
話をした、と言ってもありのままを全て話しているわけではない。こちらは警察官なので、守秘義務もある。いくらナルが俺にとってかけがえのない相手で、『拳くん』と呼ぶのを許している数少ない相手であっても、『警察官』という立場上、言えないこともある。そもそも、『警察官』だということも言えないので、『公務員』で通している。
「そう。その同僚は、好きな奴のことを心の綺麗な、穏やかな人間って、言ってたけど。そいつにとってはそうでも、やっぱり俺は、悪い奴ってわかってて、恋に落ちるなんて、どうしても、わからなくて...」
『まぁ、拳ちゃんには、わからないかもしれないけど。』
兼子の言葉と、文句のつけられない奇麗な顔が、頭の中をグルグルと回る。俺の意見は間違ってないはずなのに、なんだか俺がどうしようもなくちっぽけだって、言われたような気がして。どんよりと心が重い。
「拳くんの言ってること、わかるよ。悪い人だってわかって、恋をすることは、あんまりないよね。」
ナルは、そう言って、そっと優しく微笑んでくれる。
「でも、拳くんの同僚さんは、真剣に相手のことを好きなわけでしょ?だからさ、拳くんに気持ちはわからない、相手は悪人だって、突き放されて、カチンときたんじゃないかな。ほら、自分の好きな相手を悪人って言われたら、いい気はしないでしょ。」
ナルは、俺のことをじぃっと見つめて、にっこりと微笑む。溢れる優しい瞳の色に、溺れてしまいそうだと思った。
「だから、拳くんのことをどうこう言うつもりもないし、思ってもないって、僕は思うな。」
ナルの言葉は、いつもそうだ。
別に、特別な言葉なんかじゃない。冷静であれば、自分で容易に思い描くことができることばかり。
だけど、彼に言われると、躊躇なく、心に染み渡る。
「ナルにそう言われると、なんか安心する。」
そう言うと、ナルはふわふわっと笑ったから、俺もたぶん、おんなじような顔をしていたんだと思う。
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