獅子戸 拳 (ししど けん)

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『ねぇ、ちょっと、待って。』 『なんでだい?君も、そのつもりで付いて来たんだろう?』 ホテルの、スイートルーム。 ベッドに腰掛けた兼子を押し倒そうと、男が詰め寄る。 『その前に、私、あなたともっとおしゃべりがしたいわ。』 『...君がそう言うなら、そうしようか。』 美しい兼子の、上目遣いにやられたのか、男はあっさり彼女の上から退いて、部屋に常備されているワインセラーから、ワインを一本取り出した。背を向けているからわからないが、自分の分と、兼子の分のワインをグラスに準備しているようだ。 『どうぞ。』 『ありがとう。』 兼子はそう呟いて、ワインを一口口に含む。 それを見る男は、一瞬だけ、卑しく口角を上げた。 『どうしたら君は、私に心を開いてくれるんだい?』 男は、一口ワインを飲むと、それをベッド脇のサイドテーブルに置いた。 『だって、私、不安なの。あなたは、いろんな女の人と遊んでるって、聞いたわ。』 兼子も、男のグラスの右横に、自分のグラスを置いた。 『でも、君は、そんな私が好きなんだろう?』 『ええ、でも、やっぱり、好きな相手には、自分だけを見てほしいって、...思う私は、重いかしら?』 兼子は、熱のこもった潤んだ瞳で男を真っ直ぐに見る。 『そんなことはないさ。...私は、君の全てを受け入れる覚悟がある。』 熱い瞳のまま、兼子はそっと首をかしげる。 男の手が、兼子の股間に伸びる。兼子はさっと身を翻し、ベッドから立ち上がる。 動揺したのか、兼子は男に背を向け、顔を手で覆った。 『やっぱりあなたは、私の身体にしか興味がないのね。』 『逃げることはないじゃないか。...それとも、触られたら、まずいことでもあるのかい?』 『...え?』 『君は、本当は男の子なんだろう?』 兼子の目が、驚きで見開かれる。その目から、ポロポロと涙が零れ落ちた。 『泣くことはないじゃないか。』 男が立ち上がり、兼子をそっと抱き締める。 『ごめんなさいごめんなさい...。私、どうしてもあなたとお近づきになりたかったの。』 『謝ることはないさ。...私は、君が男の子だって構わない。』 涙でさらに潤んだ兼子の瞳が恐る恐る男を見上げる。 『ほんとうに...?』 『あぁ、もちろんさ。...君のような、美しくて、一途な子は、見たことがない。』 『...うれしい。』 男の腕に抱かれた兼子は、そっと、目を閉じた。重なる、二人の唇。そっと触れたそれは次第に深くなっていく。そのままベッドになだれ込み、男の手が、再び兼子の股間に伸びた瞬間。 がくっ。 男の身体が、突然崩れ落ちた。兼子はさっと男の下から抜け出し、潰されるのを免れた。 『おじさん、最低。俺のワインにクスリ入れて、いいようにしようとしてたなんて。でも、俺、飲んだ振りしただけだから。睡眠薬を飲ませる隙も与えるなんて、甘いよ。』 男の意識がないことを確認し、兼子はぼそっと呟いた。そして自分の口から、割れたカプセルをそっと取り出した。 『おやすみ、おじさん。』 そう呟いてから、兼子は男の鞄に、手を伸ばした。
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