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「なんか、思ってたのと違う。」
陣さんは上に呼ばれ留守、見田村さんは定時上がりで帰宅したため、俺と、兼子だけが残った職場。俺は、相変わらず背中を丸めてパソコンとにらめっこしている兼子の背に、ぼそっと呟いてみた。
俺は、女装して、男に媚びて、情報を得たかったわけじゃない。
もちろんわかっている。これも立派な仕事だし、誰でもできるわけじゃねーってことは。だけど、俺がやりたかったのは、絶対にこれじゃない。
「違うって、何が?」
パソコンに夢中だからと返事はないと思って言ったのに、意外にも兼子はくるっと俺の方を向いた。そのまま『うーん』と腕と背筋を伸ばす。背筋を伸ばすと、本当にスタイルがいいのがわかり、俺はイラっとした。
「俺、特殊事例犯罪捜査課って、もっとちゃんとしたところだと思ってた。」
返事は期待していなかった俺は、少し言い澱みながらも、なんとか言葉を紡ぐ。
「...ここって、拳ちゃんから見て、ちゃんとしてないの?」
俺の言葉に、兼子は意味がわからないと首を傾げる。
「いや、なんつーか...。陣さんは本当に特殊事例犯罪捜査課って感じだけどさ。見田村さんは仕事ない時はマジで何もしてないし、兼子だって、怪盗のこと以外、興味ねーだろ。」
とっさのせりふだが、兼子の手前、結構言葉を選んで言ったつもりの俺だけど、兼子はうーんと腕を組んで考え込んでしまった。
「たぶん、拳ちゃんは勘違いしてるよ。」
ぱっと腕を離したら思ったら、兼子はさらっとそんなことを言う。
「...勘違い?」
「そう。たぶん、拳ちゃんは特殊事例犯罪捜査課を選りすぐりのエリートの集まりだと思ってたよね?」
図星を突かれた俺は、コクンと頷く。
「でも、それは、違った。この課で、それに見合った仕事をきちんとしているのは、信濃川さんだけに見える。合ってる?」
俺は再びコクンと頷く。
「この課はね、ある種の能力はあるけど、それ以上に何かマズイところがあって、警察の他のところには置いておけない人材を置いておく場所なんだよ。」
なるほど。
俺は、兼子の説明に頷く。
確かに、見田村さんはネット上の情報収集と、誰かを化かす技術はピカイチだけど、超が何個つくのか見当もつかない人見知りだ。
兼子は、仕事はそつなくできそうだし、事実特殊な潜入の腕は確かだと思う。でも、本人は、『怪盗』にしか、興味がない。警察の他の部署には、居場所はないかもしれない。
「だから、始めから、拳ちゃんが思ってるような、凄いところじゃないんだよ。...まぁ、信濃川さんは本当に凄いと思うけどね。俺たちみたいなのを、上手くまとめて、使ってるんだから。」
兼子の言葉に、俺は、背筋がサーっと冷たくなっていくのを感じた。...ってことは、もしかして、俺にも、他の部署ではマズイ、何かがあるんじゃ...
だけど、兼子が改めて俺の目をじぃーと見つめてきて、俺の思考は止まった。
「まぁ、でも、拳ちゃんはこの後に及んでも、女装して潜入したくないだけだよね?」
「......。」
あっさり見破られた本音に、俺は、返す言葉を失った。
「大丈夫、そのうち慣れるよ。」
兼子は、そう言って、ふわっと笑った。
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