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「おまえのその発想の転換力は、尊敬に値するよ」
「だめか」
「だめ云々の前に、冷静になってもう一度考えてみろ。仮に、仮にだ。俺が恋人のふりをしたとしよう。それを彼女に伝えたら、どうなる? 人の口には戸が立てられない。おまえが同性愛者だって噂が、学校中に広がる可能性だってあるんだぞ。おまえ、それでもいいのか」
昨今、マスメディアで同性愛にスポットがあてられるようになり、一昔前よりは多少世間の理解が進んだかもしれない。しかし、まだ根強い偏見が人々の間にあるのも事実だ。好奇の視線や、嫌悪感を向けられることは、覚悟しなければならないだろう。
「その点は大丈夫」
妙に自信のある言い方だった。なにを根拠に、と俺は問う。
「彼女が友人からつけられたあだ名が、オオカミ少女なんだ」
俺はまじまじと晴樹の顔を見つめる。要するに、彼女がいくら声高に事実を叫んだところで誰も本気にしないし、彼女の言葉と自分の言葉だったら、絶対に自分の言葉のほうをみんな信じる。晴樹は暗にそう告げているのだ。
計算高い友人の一面を垣間見、俺は呟く。
「前から思ってたけど、おまえってけっこう腹黒いよな」
晴樹は肩をすくめてみせた。それから、ぱちんと両掌を合わせ、頭を下げてくる。
「頼む、晃彦。こんなことを頼めるのは、おまえしかいないんだ。おまえに迷惑は絶対にかけないから」
かつてないほど必死に頼み込んでくる友人の気迫に押され、俺はつい「わ、わかったよ」と晴樹の頼みを受け入れてしまった。
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