3.偵察

5/5
225人が本棚に入れています
本棚に追加
/231ページ
 夕方近くに事件は起こった。見つけたのは隣のクラス、三年六組だった。やけにうるさくなったので、俊彦が教室を覗いてみると、全員が窓際に集まって、何やら大騒ぎしていた。 「どうしたんだ」  俊彦が問い掛けると、二年生の時に同じクラスだった宇賀浦凌(うがうら・りょう)が振り返った。 「人がいたんだ。あの辺り」  宇賀浦が指差したのは、港があると思われる方角で、赤松や落葉松の雑木林があった。 「あの林の中に、五、六人はいた」 「どんな奴?」 「良く見えなかったけど、男だ。何かおかしな恰好してた。ちょっと学ランに似てたけど、あんなのは見たことない。部室に行けば望遠鏡があるから、もっと詳しく観察できたのに」  宇賀浦は地学部に所属している地味で平和な生徒だ。たいした親しい訳ではなかったが、二年生の学校祭の時、仮装行列の山車作り班が一緒になった縁で、一度だけ自宅に遊びに行ったことがある。部屋には大小さまざまな天体望遠鏡があり、自家製というプラネタリウムまで備えていた。その一方、岩石のサンプルがきちんと整理されて標本箱に収められていた。夏休みや冬休みにあちこち行って採取してきたらしい。根っからの地学好きだ。 「何してたんだよ、そいつら」 「分からん。木の陰に隠れて、じっとしてた」 「それで…」  俊彦は先を急がせた。だが、宇賀浦のトーンは一気に落ちた。 「急にいなくなってしまった。林の中に戻っていったみたいだ」  すぐに六組の学級委員が職員室に報告に行った。いくつかのクラスで同じような目撃例があったようで、職員室内では会議が開かれた。  先生方の出した結論はこうだった。まずは「偵察隊」を出し、ここがどこなのかを調べる。もし、人がいるなら接触して、協力を求める。消防署や警察にも連絡したい。連絡手段の確保も大きな任務とされた。事態が発覚してから、校内はずっと停電していたし、電話は固定、携帯問わず一切通じなかった。インターネットも同様に何の反応も示さなかった。  陽は西へ傾きかけていた。日没まではあと一、二時間といったところだ。先生方は急いで行動を起こした。生徒たちは教室の窓から、三人ひと組となって四方に散っていく先生たちを見送った。
/231ページ

最初のコメントを投稿しよう!