5.ファースト・コンタクト

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「土井利恒は、明治維新直後、薩摩、長州を中心とした新政府から箱館府の副総裁を任命された人物です。維新当時は、今でいう行政や警察、裁判所の機能を全て備えた出先機関を府と呼んでいました。名乗った名前がその通りであれば、その男が先ほど我が校の門前でトラブルを起こしたわけです」 「では、ここは北海道の函館だというのですか」  先生の一人が挙手をして質問した。 「その可能性は否定できません。あり得ないことですが…」  青柳校長は冷静な口調で言った。 「箱館府の統治は、長くは続きませんでした。旧幕府側が新政府に五稜郭を引き渡したのは、慶応四年、西暦一八六八年の四月末。しかし、元号が明治に変わった同じ年の旧暦十月、榎本武揚率いる旧幕軍が北海道に上陸して、函館に進軍しました。新政府側は五稜郭を放棄して青森に敗走しました。ですから、土井氏が副総裁を務めた函館府の統治はわずか半年余りの短い間です」  一息を入れ、青柳校長は全員をゆっくりと見渡した後、静かに言った。 「何度も言いますが、今我々に何が起こっているのかは全く分かりません。先ほどの事件がその解明の助けになるかもしれませんが、答えを出すには余りにも荒唐無稽なヒントと言わざるを得ない」  校長の話を聞き、俊彦の心の中には落胆が広がっていた。さっき谷地頭先生にやられた侍の素性は分かったが、この学校に登場するなど、どう考えてもあり得ない。きっと何かの間違いなのだ。俊彦ががっかりしたのは、そんなあり得ない話以外に新たな情報がなかったことだ。
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