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6.敵襲開始
防御策が一段落した頃、外はすっかり日が落ちて、校舎内は真っ暗になっていた。災害用に備蓄してあったランタンやロウソク、理科室のアルコールランプなどを教室に持ち込み、明かりにした。
「食事ができました」
俊彦が職員室で打ち合わせをしていると、二組の梁川香織が握り飯を載せたお盆を手に現れた。俊彦は生徒代表として、司令塔となっている職員室と各教室の間を行き来して伝令のような役割を務めていた。今は青柳校長や谷地頭先生たちと夜間の警戒シフトについて協議していた。
「お疲れさま。こんなもんしかないけど、ご飯炊くの結構大変だったんだよ」
そう言うと、香織は俊彦の目の前にお盆を突きだした。のりもごまもない、塩むすびが二十個ほど並んでいた。
「お腹ペコペコだ。本当に助かる」
俊彦は遠慮せずにお盆に手を伸ばした。すかさず香織が言った。
「一人一個」
「分かった。じっくり味わって食べるわ」
そう言ったものの、俊彦は塩むすびをふた口で平らげてしまった。手についた米粒を丁寧になめている俊彦を見て、香織は頬を緩めた。
「一気食いだったね。でも、一人一個は変わらないよ」
香織は何だかうれしそうな顔つきをしている。
「うまかった。これまで食べた中で最高のおにぎりだ」
「でも…」
香織の表情が急に曇った。
「学校の中にあったお米では、全員が一個ずつのおにぎりを食べるのが精一杯。明日は食べるものがない」
お盆を持つ手がかすかに震えていた。俊彦はそのお盆に手を添えて言った。
「何とかなる、いや、何とかするって。明日はきっと今日より良くなる。そう信じなきゃ、この夜は乗り越えられない。弱音吐いたら駄目だって。二階で頑張っている伸二たちはもっとキツイはずだ」
香織は小さく頷いた。そして、職員室の先生たちにおにぎりを配るため、俊彦の元を離れた。香織は成績優秀な生徒だ。いつも自信に満ち溢れた表情をしている。口の悪い男子は「女王様」と陰口を叩いていた。だが、さっきは十七歳の普通の女の子の顔をしていた。
「そういう梁川もなかなかだな…」
俊彦は独り言でつぶやいた。
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