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俊彦が三年七組の教室に入った時、部屋の空気は極度に張り詰めていた。伸二をはじめとしたアーチェリー部と弓道部の部員たちは、窓際に並べられたロッカーの隙間から外の様子を窺っていたが、その表情は一様に険しかった。いつもは陽気な伸二でさえ、青白い顔をして、じっと窓の外を凝視していた。よく見ると、かすかに震えている生徒が何人かいた。
「伸二、大丈夫か」
俊彦は背後から声を掛けた。伸二は振り向きもせずに言った。
「大丈夫な訳ない。びびってるよ、大いにな。インターハイが掛かった県大会の決勝でもこんなことはなかった」
二人の会話が教室に響き渡った感じがした。そのくらい、室内は静まり返っていた。わずかな音にも空気が震えるようだ。濃密な緊張が、生徒たちに重くのしかかっていた。
「敵の進軍が止まりました」
屋上から宇賀浦凌の声がした。隙間から観察すると、人が豆粒に見えるくらいの距離に陣を敷いたようだ。距離にして百メートル以上はありそうだ。
「これじゃ矢は届かない」
伸二がつぶやいた。
「だけど、あそこから撃たれている限り、こっちも安全だ」
「大砲を撃ってこなければいいけどな」
確かにその通りだ。自分たちが討って出ないことを確認して、陣を前に進めただけなら、また大砲による攻撃が再開されるはずだ。しかも、こんどは距離がさっきとは比較にならないくらい近く、位置も正面だ。校舎の被害は甚大なものになる。俊彦は全身に鳥肌が立つのを感じた。
「全員、窓側から避難。廊下に出ろ」
拡声器の声が校舎内に響いた。谷地頭先生の声だ。今、伸二が指摘した危険を察知したのだろう。敵の出方を見極めるまでは、窓際にいるのは危ない。さっきの二年五組みたいになってしまう。
二階の教室から生徒が出てくると間もなく、屋上から報告が届いた。
「鉄砲隊が前進を始めま…」
宇賀浦の声は、あの心臓をわしづかみするような金切音にかき消された。
「来るぞ」
誰かが叫んだのと同時に、着弾の衝撃が校舎を揺さぶった。敵は大砲で怯ませた間に、味方を前進させているのだ。
「くそっ、これじゃ手も足もでない」
俊彦は歯をぐっと噛みしめた。
大砲が四、五発撃ち込まれた後、今度は鉄砲の一斉射撃の音がした。何発かの銃弾は、教室内に飛び込んだ。
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