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「よっしゃ、一発お見舞いしてやるか」
中道が用意した矢は、通常のものとは違った。先端部が矢じりではない。卓球のボールがついている。
中道は学校一の強弓を目いっぱい絞った。口を真一文字に、目は窓の外をにらみつけている。幾分長めの時間を取った中道は、何の前触れもなく、右手を少しだけ動かした。「ひゅん」という劇画調の音を残して、矢は窓の外に消えた。
その直後、下から大きな悲鳴が聞こえた。鉄砲隊は大きな混乱状態に陥ったようだ。
「何をしたんだ」
俊彦が中道に訊いた。中道は息を小さく吐き出し、言った。
「硫酸さ。あの球の中には硫酸が詰めてある」
「硫酸、どっから手にいれたんだ」
「理科室に決まってるだろ」
屋上にいた野球部の陣川大輔は、戦況をじっと眺めていた。
「みんな頑張ってるな。ここらで一発お見舞いしてやるか」
大輔は足元のクーラーボックスに入っていたテルミット弾を手に取った。横にいた部員が手にライターを持っている。
「いくぞ」
部員の手が震えて、なかなか導火線に火がつかなかった。大輔が少し苛立った表情を見せた瞬間、「じゅっ」という音とともに導火線が点火した。
大輔はすぐにセットポジションの構えを取り、クイックモーションで校舎の下の方を目掛けてテルミット弾を投げた。遠投で九十メートルを投げる肩だ。鉄砲隊までの距離はその半分にも満たない。大輔の腕なら、球速を考えなければ、十球中八から九球は誤差十センチ以内のストライクが投げられる距離だ。
数秒後、何かが大量に蒸発するような音がした。大砲と比べると、いささか迫力に欠けたが、鉄砲隊の真上でそれは眩いオレンジ色の光を放って炸裂した。兵士の何人かが悲鳴を上げて倒れたのが、大輔の目にもはっきりと分かった。
「すげえ、効果抜群だな」
大輔が独り言のようにつぶやいた瞬間。三階の一室から何発かの火炎瓶が鉄砲隊に投げ込まれた。それは集団の真ん中辺りで炸裂し、大きな炎を上げた。再び大きな怒声が聞こえた。
「退くな、この場に留まれ」
指揮官らしき男の叱咤が、敵の混乱ぶりを証明していた。
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