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1.初めてなのに懐かしい場所
海にそびえ立つその山は、標高334メートルという高さの割に名が知られている。世界三大夜景が眺望できる山頂まではロープウエイを使うと数分で着くことができるが、山形俊彦(やまがた・としひこ)はあえて徒歩で登ることを提案した。
九十九折の山道は樹木に囲まれ、時折眼下の市街地を眺め渡すことができる。
「街はすっかり変わったけど、名残はあるよな」
俊彦の隣で歩を進める柏木伸二(かしわぎ・しんじ)がぽつりと漏らした。
「ああ、初めてなのに懐かしい。不思議な感じだ」
俊彦の言葉に伸二は頷いた。二人はそれから黙々と登った。傾斜はきつくないが、だらだらとした山道が続く。通り過ぎる車もなく、山は静まり返っていた。
やがて二人は山頂に着いた。頂きにはロープウエイの駅があり、観光客でごった返していた。さまざまな言語が飛び交い、市街地が眺望できるテラスは順番待ちの人たちであふれている。
俊彦と伸二は自然と人混みを避け、山頂の外れに移動した。建物や木々の陰になり、絵葉書通りの函館の街をみることはできない場所だったが、二人にとってはそれでも充分だった。
海に立つ函館山と渡島半島をつなぐ砂州の上に、函館の街は広がっていた。道路が毛細血管のように山の麓から伸び、ビルや住宅が精密機械の部品のように貼り付いている。港には複数の貨物船が停泊し、漁船も行き来している。遠くに目をやると、比較的大型の白い船が時折入出港していた。青森港とを結ぶフェリーだろう。標高が高くないので、車の動きも分かる。遠くには山頂が欠けた独特の山体の北海道駒ヶ岳を望むこともできた。
「俺たち、この街にいたんだよな」
伸二がつぶやいた。俊彦が答えた。
「ああ、夢じゃない。確かに俺たちはこの街にいた」
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