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弘樹は蚊帳の中で布団に寝転び、蛙の大合唱を聞いていた。
月明かりが障子窓に映ってぼんやりと部屋の中が明るく、蚊取り線香のにおいがどこからか漂ってくる。
きょうは本当にラッキーだったと弘樹は思った。
パンクというアクシデントに見舞われたが、そのおかげで久々にまともな夕食を食べられ、気持ちのいいお風呂にも入れたからだ。
まどろみながら美味しかった夕飯を思い浮かべる。
土鍋で炊いた白米もおひたしや煮物も全部美味しかった。
特に甘辛く味付けされた肉団子がおいしく、祖母がよく作ってくれたものと似ていて弘樹の口に合った。
祖母が亡くなった後、食べたくても食べられなかった味に出会えて本当に嬉しかった。
蛙の合唱がぴたりとやんだ。規則正しい柱時計の振り子の音だけが大きく聞こえる。
そこにかすかな猫の泣き声が聞こえたような気がして、弘樹は頭を上げた。
あ、やっぱり猫がいるんだ。蛙を取りに来たのかな?
そう思うと見たくてたまらなくなり、蚊帳の外に出た。
奥の部屋から襖越しにオハマのいびきが聞こえてくる。
起こさないようにそっと勝手口のある土間のほうへと向かった。
障子を開け、沓脱石に置いたオハマのサンダルをつっかける。
勝手口の引き戸を開けると白い月明かりが差し込んだ。
にゃあ。
猫の鳴き声が鮮明に聞え、弘樹は裏庭に出て左右を確かめた。
雑草だらけの庭には物干し台の影が映っているだけで猫はいなかった。軒下には棚があって薪がたくさん積まれていたがそこにも猫はいない。
にゃあ。
棚の隅から声が聞こえたので、弘樹は逃げられないようゆっくりと近づいた。
こんと小石を蹴飛ばしその音に自分で驚いて足を止めたが、猫が逃げた様子はない。
にゃあ。
間近で声がするも全然姿が見えない。
月明かりが届かない場所を目を凝らして見てみたが、もういないようだ。
今まで鳴いてたのに――
一瞬で逃げてしまったのかと、ため息をついて弘樹は戻ろうとした。
にゃあ。
あれ? まだいる?
期待してもう少し暗がりへと入ってみる。
にゃあ。
棚の横にフタつきのゴミバケツがあった。その中から鳴き声が聞こえる。
ここに閉じ込められてるの? えーっ、まさか。
優しそうに笑うオハマの顔を浮かべて弘樹は否定した。
だが、周囲を見回しても猫はおらず、やはり声はバケツの中からしているようだ。
とりあえずフタを開けてみた。
ぷんと血生臭いにおいがしたが暗くてよく見えない。
弘樹は明るい場所までバケツを運んだ。
「わっ」
月明かりに浮かんだのは、頭を切断されてさばかれた猫の胴体と目をくり抜かれたその頭だった。
にゃああ。
それが鳴き声を上げた。
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