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「な……ちょっと待て!おい、その、蜻蛉の孫!」
向尸井の慌てた様子にほたるが「?」と振り返る。
「……する」
「? ごめんなさい、小さくて聞き取れなかった」
「だ~か~ら~、仮採用するって言ったんだ」と、イライラしながら向尸井が言う。
「え、本当ですか?」
「やったね。ほたるちゃん」
アキアカネがウィンクをする。
「ただし! お前は見習い採用。客じゃないからもう敬語は使わない!」
「すでに敬語じゃないですけど」
「口答え禁止! 働くなら最低限の昆虫と虫の知識を覚えること! ハンミョウの雌雄判別くらいできるようになれ」
「昆虫の知識って、むし屋の仕事と関係があるんですか?」
「オレは昆虫に無知すぎる奴が生理的に受け付けない」
「ええ~、そんな個人的な理由ですか?」
「口答え禁止!」
「まあまあ」と向尸井の肩をたたいてアキアカネがほたるに向き直る。
「ようこそ、むし屋へ! これからよろしくね、ほたるちゃん」
「はい! アキアカネさん」
向尸井はともかく、アキアカネは優しくていい人だ。それにカッコイイし。
「見た目に騙されるなよ。アキアカネはトンボだからな。トンボは日本じゃ縁起虫だが、西洋じゃ不吉な虫だ。ドラゴンフライだ」
ふんっと向尸井が鼻を鳴らした。
(虫かぁ)
ほたるは自分の体内で育ち、蛹から羽化したむしを思い出していた。
美しいブルーの翅を持つ蝶に似たむしは、ほたるの頭上に青い鱗粉を振りかけて、ふわふわと飛び回っていた。
「この子は、外に返しましょう」
向尸井がふうっと息を吹きかけると、蝶は煤竹の外へ飛び去っていった。
あの蝶はどうなったんだろうか。
むしって、一体なんなんだろうか。
どうして二人共、ひいじいじを知っているんだろう。
それらの謎も、いつの日か解けるだろうか。
とにもかくにも、何かが始まる予感がした。
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