小百合との暮らし

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「子どもは遊ぶのと泣くのが仕事みたいなもんやで」  なんとなく呟くと、こんどは返事がなかった。いつの間にか幼児は泣き止んでいた。  子どもの泣くのはわかるが、前の女房の子は泣き止むまで長かった。女房は最初は叱るのだが、そのうち呆れてほっておく。母親に放置され、何も状況が変わらないのを子どもが認知するまで、彼は何度でも同じことを繰り返した。聞き分けの悪い息子だとは思ったが、幼児だからみんなそうなんだろうと思っていた。オレが甘やかすわけにもいかず、そうかといって厳しく叱るでもなく持て余していたのを女房は腹立たしく感じたのだろう。あるとき、子育てを巡ってけんかをした。以来、たびたび躾や教育で女房と対立し、隙間ができて、すれ違ったような気がした。それが離婚に至った原因の一つに違いなかった。 一方の小百合は鷹揚としていて、神経質でない点では前の女房と真逆だった。  桜が散り、すぐに五月になった。ゴールデンウィークに町内で祭りがあった。小百合と車で遠出をしていて、どんなものかは知らなかった。出掛けた日は半袖でもいいほど気温が上昇し、暑いくらいだった。小百合は大きいサイズの濃紺のワンピースに白のロングカーディガンを羽織っていた。  翌日は青木でゆっくり寛いだ。近くの公園は遊具に群がる子どもらで賑わっていた。紫や黄色のパンジー、赤紫色のサツキ、八重桜など綺麗な花々が咲き誇り、新緑の樹木の葉は陽光に透け、青々と茂っていた。近くを流れる住吉川に降りて散歩すると、川のせせらぎが静かな町の雑音を全て消してくれる。川をジョギングする人、散歩する人、水遊びする子どもら。川べりのすぐ上を六甲ライナーが走る。洗練された地区と下町風情が残る地区が混然としていた。芦屋と神戸の中間の町は芦屋よりの神戸と位置づけられ、住民の「ええとこ意識」は高いようだ。 「ここは物価が安いし、芦屋や神戸に近くて環境もいいわ。ええ所に引っ越しできて良かったわね」  小百合は嬉しそうにいった。  二人で肩を並べ、住吉川を散策した。駅の南へ少し行くと、国道をくぐった先に、「サンシャインワーフ神戸」というモールがある。テナントの入りこそもうひとつだが、平日でも子どもや主婦層が買い物や遊びに来ている。きょうは小百合を置いてひとりで出掛けてみた。前に、一緒に来たことはあった。
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