小百合との暮らし

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 夜明け前、早くに目が覚めた。興奮していた。競馬場にいる夢を見た。行けー、行けー。叫んでいた。騎手の顔が、なぜだか小百合にすり替わっていた。馬の番号は暗くて識別できぬまま、小百合と馬は全速力でゴール前を通過し、他の馬と一緒になって疾走した。よくみると、その馬は半人半馬のケンタウロスのいでたちだった。ケンタウロスの顔だけが小百合だった。彼女の顔をした馬は、こちらを一瞥し、にんまりと笑った。 そこで目を開いた。奇妙な夢だった。手と背中にびっしり汗をかいていた。今日は桜花賞の開催日だ。先週のGI大阪杯は、三連複はもちろん馬連もダメだった。キタサンブラックがオッズ通り一着で勝利した。正直、二番人気のマカヒキ、サトノクラウンを狙ったり、ミッキーロケットを穴馬にしたりしてはみたが、二着馬を外した。結果は単勝のみ当たってマイナスに終わった。  桜花賞に賭けようと気持ちを切り替え、リベンジに燃えていた。昨年は、雨風に吹かれて桜と共に馬券も散ったはかない日曜となった。この日が来るのを今や遅しと待った。もしトータルでプラスになったら、配当金は貯金して次の競馬に回すか、焼肉でも食いにいこうと考えていた。光熱費に回すなんて馬鹿馬鹿しいことはしない。せっかくのご褒美なのだから。結果は五つ買った単勝の八番人気馬が一着に入り見事に的中した。読みの良さでトータル三万三千円のプラスになった。翌日当たり馬券を払い戻して、晩飯に内縁の妻の小百合と焼肉を食べた。 「当たって、本当に良かったね」  小百合がビールの入ったグラスをこつんとぶつけてくる。 「真ん中ぐらいの人気馬が来たんや。すごいことが起きたで」  オレは店内に聞こえるぐらい大声で自慢し、旨そうに焼けたカルビを咀嚼して、ビールとともに喉元に流し込んだ。 「達夫さん。余ったお金、また競馬につぎ込むの?」 「半分は貯金しておくわ。一万五千円ぐらい。それで、好きなもんでも買うたらええ」 「やったー!」  小百合は無邪気な声を出してはしゃぎ、こじんまりした店の雰囲気を明るくした。  九時過ぎに店を出てから花見のためにわざわざ遠回りして公園で休憩した。花見客は他に数人が来ていた。夜桜が街灯にぼんやり照らされていた。 「例年より遅めだけど、綺麗ね」 「そうだな。風情がある」
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