小百合との暮らし

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 満開の見頃を迎えた桜は、競馬で買った余勢もあってか、自分たちだけのために咲き誇っているように映った。 「ええ夢、見られそうやな」  平凡な幸せを噛みしめて、ゆっくり家路を歩いた。散った花びらが道端にちらほらと落ちていて、遅く咲いた花が自分たちの幸せの遅さと重なるように感じられた。  独身のオレは、二年前に女房子どもと別れた。阪神青木(おおぎ)駅から徒歩八分のアパートに暮らしている。高架下のパチンコ屋の裏手に小さいスーパーがあり、そこから小さな川を渡った西にある大きいスーパーで買い物をすることが多い。高架をくぐり、西に向かって小さな川を渡り、しばらく行くと広い通りに出る。その向かいに阪神電車を背にして大きいスーパーがある。こちらのほうが安くて客も多い。  住宅地の一角の狭い路地にオレの住むアパートがあった。周囲を一軒家に囲まれ、申し訳なさそうに建っているが、陽当たりは良く、環境もいい。アパートには駐車場があり、奧に二階へ上がる階段がある。蒲鉾板を表札にして、「寒山達夫」と書いて貼り付けた。  付近はありふれた住宅街や商店が建ち並ぶ中に、立派なマンションが混在している。アパートから少し北へ歩き甲南方面の坂を上れば、前方に六甲山の眺望が開けてくる。住宅街に削りとられた六甲山は、広い通りに出ることで大きい顔を出す。新緑の映える季節には清々しい風が吹き下りる。二階からの眺めは、近所のマンションが建て込み、あまりよくない。  築二二年の物件をネットで見つけて申し込んだ。二階建ての八戸のうち二件が空き家だった。下見をして、ここに決めた。キッチン三帖、洋室六帖で家賃は四万五千円だ。家族と暮らしていた賃貸のマンションに比べれば、家賃は半額以下だ。独り者になったオレにはちょうどいい。  職場は大阪の淀屋橋なので、一時間以内で通える。前より時間はかかるが、阪神沿線といえば下町情緒のある庶民の町で、オレの性分に合っていた。駅の北にはパチンコ店があり、いかつい兄ちゃんや金のなさそうなオジサンが出入りしている。自分も似たような人種で、オレと釣り合っていると思った。
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