小百合との暮らし

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 十月から部屋に女を連れ込んで同居生活を始めた。内縁関係になっている。渡辺小百合という名で、三二歳の独身女だ。小さな百合という名前とは裏腹に、見た目は身長が図抜けて大きい。真っ直ぐで明るい向日葵のような逞しさがある。よく食べるし、よく笑う。料理も上手い。冷蔵庫の残り物でパパッと一品をこしらえてしまうのに十分とかからない。その手際の良さを褒めてやると、二週間して弁当屋で働くようになった。以前は、フリーターでカフェの店員や衣料雑貨の販売員を仕事にしていたという。  小百合が来てくれたお陰で、連れだって外食に出かけることがある。手料理を食えるようにもなった。とても助かった。駅周辺は、焼き肉屋や焼き鳥店が多い。小百合はなかなかの酒豪でちっとも酔わない。  小百合は、今朝も何かをこしらえている。独身ならばパンと牛乳だけでよかったのだが、小百合が来てから特製の野菜スープがそれに加わった。 「今日はどんなスープを食えるんや?」食卓の椅子に腰かけ、オレは訊ねた。 「お楽しみよ」  まな板で残り野菜を刻む音が小気味よく響く。ちょうど朝の七時だ。オレは大阪のAPP放送にチャンネルを合わせ、タイガースのオープン戦のダイジェストを見ていた。 「昨年は中谷と大山が活躍したのに広島に負けよった。投手の奮起で、少ない点を守り切る野球やで、優勝するには。若手の活躍も期待せな」 「そうなんや」  台所から小百合のどうでもええやん、みたいな気のない相槌が聞こえてくる。と同時にスープを煮込むいい香りと、トーストの焼けた匂いがしてきた。腹が少しグルグルと鳴った。 「タイガースの楽しみは、開幕の二か月だけやからな。優勝はでけへんねん。毎年。それを信じとるのは大阪から尼崎あたりのオジサン連中だけや」  阪神タイガースと競馬ファンのオレは、春が二重に楽しみだ。スポーツ紙を喫茶店で見開いて、アカンアカンと嘆いているオジサンとよくいわれた。阪神もアカンし、競馬も勝てん。アカンと思うたび、本当にアカンのは、阪神やお目当ての馬ではなく、自分自身やと思えてくる。 「あら。醒めとんねんね」 「そりゃそうやで。若虎はだいたいスポーツ紙の一面を飾っては消えていく運命や。生き残って何年も活躍する選手なんてごく稀。希少価値。恐竜みたいなもんや」 「恐竜ねぇ……」 「それを発掘してきて他球団と争奪戦を繰り広げるのがドラフト会議や」
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