小百合との暮らし

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「そやけど、達夫さん、野球以外にも競馬が趣味なんとちゃうの?」 「野球は現実、競馬はロマン」 「つまり、どういうこと?」 「野球は毎日の勝敗が楽しみ。競馬は外れると分かっとって、この馬やっちゅうて夢を託す。だから、現実とロマン」 「なんや、半分わかったような」小百合は火を止め、台所からこちらへやってきた。スープの入った白い二つのカップが湯気を立てている。野菜の煮込まれたいい匂いが、鼻孔をくすぐった。 「ギャンブルにはまらんだけでもええがな。日がな一日パチンコですってみぃ。あっという間に稼ぎも貯金もなくなるで」 「そんな生活、昔しとったんや」 「昔わな。そやかて、女房が子ども連れて出てって、寂しいだけの毎日をどないして過ごせっちゅうねん。賑やかに楽しゅう過ごすのが精神的に楽やんか」 「まあね」 「今はもう賭け事はせえへんで。競馬だけや。それも大きなレースのときだけ。掛ける額も三千円」 「達夫さんはちゃんと自制できとるとこが偉いわね」 「オレもそう思う」  焼けたトーストを咀嚼し、コップに注いだ牛乳をゴクリと飲んだ。猫舌のオレはスープがそろそろ冷めた頃かなと思い、そーっと飲んでみた。 「今日もスープが旨い。野菜の味が染みとるな」 「でしょ? なにが入っとるか分かる?」 「キャベツに椎茸、ショウガ、あと……・この赤いのは何や」 「余ったミニトマト。それらをポトフ風にコンソメでクツクツ煮たの」 「体の大きい割に、やることはまめやな」 「体のサイズとは関係ないのよ」  少し拗ねた小百合は、オレの食べる顔を眺めながら、自分用のスープと買ってきたクロワッサンにカフェオレを飲み食いし始めた。しばらく、レースのカーテン越しに昇る朝日が織りなす光と影の中で、平和な朝のひとときをずっと感じていたかった。オレの職場は昼に仕出し弁当を取らないので、各自が持参するか外へ食べに行くしかない。小百合は早起きして弁当を作ってくれるのでありがたい。いつも感謝している。  壁に掛けた水色の時計にちらりと目を遣ると長針が8の数字を指していた。そろそろ出かける時刻だ。支度に追われる残り十分が迫っていた。オレはいった。 「小百合。しあわせか」  突然の、脈絡のない問いかけに、彼女は目を丸くして視線を左右に泳がせた。 「しあわせ……だけど。どうして?」 「いや。なんとなく訊きたくなっただけや」
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