小百合との暮らし

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 オレは、ただ願っていた。いまの、この瞬間かんじた幸せが何年も続いていてほしい、と。小百合は色っぽい目つきで、何かをねだるような顔をした。それに気づくと、敏感なのかすぐさま顔を元に戻して、こういった。 「達夫さんは、どうしてアタシのことを好いてくれたん?」 「どうしてかなぁ。なにが気に入ったと思う?」 「ずるいわ。教えてくれへんの? アタシ大柄だし、なんのとりえもないよ」 「まあ、ええやん。気ぃつかへんでも充分にええとこあんねんて」  そういうと椅子から立ち上がり、食べ終わった皿とカップを流しに持っていって軽く水を出してゆすいだ。食卓に戻ると、小百合は遠慮がちに目を伏せていった。 「アタシも競馬を観にいってええ?」 「かまへんで。一緒に仁川行くか」 「うん」  朝の約束通り、週末、大阪杯と桜花賞に小百合を阪神競馬場へ連れていった。桜花賞の日は花曇りで、少し寒かった。阪神競馬場のある仁川へは電車で向かった。付近が混雑するので仕方ない。レース場に着いたときは一一時を回っていた。すでに第4レース前の時間帯だった。パドックを見学に行った。馬を間近に見て、小百合は興奮していた。馬の毛の色や張り、艶などが本当に分かった気がするといった。お昼はファストフードコーナーでカレーライスを食べた。一階のメインスタンドにいくと、偶然にもアパートの隣人を見かけ、こちらから声を掛けた。三〇代のがっちりした体格の男で、名をアツシという。彼とはいつの間にか親しくなっていた。三人でワイワイいいながら、競馬を観戦した。アツシは元西原大のラガーマンらしかった。妻は第11レースで、GI競走用のファンファーレを初めて生で聞いた。 「楽団の生演奏に心が震えたわ。当たればいいのにって願うと、感動も倍になる」  小百合は嬉しそうに笑った。そのレースで見事に一着が的中した。小百合の手を取り、アツシと肩を組んで快哉を叫んだ。  小百合が町のいろんな場所へ一人で行けるようになったのは、青木駅から少しばかし歩いた住宅街の通り一帯を、桃色のハナミズキが綺麗に埋め尽くした頃だった。やっと町に馴染んできたようだった。逆のいい方をすれば、小百合の持つ色が町並みに溶け込んだといっていいのかもしれない。
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