小百合との暮らし

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 小百合は体が大きい割に繊細な神経の持ち主だ。天井から二個のS字フックで、小さいエアプランツを吊り下げていた。パイナップルの仲間でティランジアというらしい。プラスチックもどきの透明ケース二個、ハンギングバスケット二個にちょこんと収まっている。ときどき霧吹きで葉に水をかけている姿を見かけた。葉の緑が鮮やかで、部屋が明るさを増した。床に敷いた木目シートと相俟って、お洒落な美容室かと勘違いしそうだった。  皐月賞は、小百合が熱を出して看病に付き添ったので、馬券を買うどころではなかった。 「季節外れのインフルエンザなんて、アタシらしいわね」  小百合は寝床に伏しながら、苦しそうに小声を絞り出した。 「無理に喋らんでええ。ゆっくりしとけや」  オレは小百合のおでこに当てた濡れタオルを交換しつつ、顔色を窺った。 「ごめんね、達夫さん。楽しみを奪って」 「余計なこと考えんな。オレは、他人やないのに気を遣うヤツが一番嫌なんやで」  少し腹を立てた自分の了見の狭さに辟易しながら、小百合の気遣いが本当は嬉しかった。洟水を啜る妻の鼻にちり紙をあてがってやった。鼻声で喋るのが不憫で我慢できなかった。小百合は天井を向いたまま、細くて白い指をオレの手の甲に重ねた。  鼻声で思い出したが、初めて小百合の胸を目にしたときも、彼女は少し鼻を悪くしていた。ベッドから体を起こし伸びをした小百合の、朝の光を浴びた着衣のない胸を見たときは感動すら覚えた。あまりの美しさに、長崎出張で買った「桃角煮饅」が頭をよぎった。艶といい、張り具合といい、申し分のない胸だ。実に滑らかな曲線美を描いている。透き通るような肌は、窓から射し込むオレンジ色の光と調和し、自然で健康的な色を醸していた。  またいつか、長崎の新中華街を訪れてみたいと思った。それまでは三宮の南京町で我慢して。中国の旧正月、「春節祭」の頃に足を伸ばそうかと訊ねたら、美味しいものは病みつきになるのよねと声を弾ませた。何を食べたがっているのかは、あえて問わなかった。
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