小百合との暮らし

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 ゴマ団子、タピオカ入りミルクティー、ちまき、かき氷、中華饅、小籠包など、甘味から小腹を満たす食べ物まで、南京町に行けば食指の動きそうな飲茶が店頭でデーンと目につく。昔、売り子の掛け声に押され、ついつい財布を出す真似をして引っ込めたことがあった。「どうしてですか」とこちらの反応ぶりに戸惑いの色を見せるのが面白かった。横で博美が、「そんな紛らわしいことしたらアカンやろ」と脇腹をつねってきた。 「そやかて、細かい銭、あれへんもん」  それは嘘だった。とにかく、若い店員をからかうのは自重した。店員のみならず、博美にまで嫌な目つきをされてしまい、いたずらっ子が叱られたときのようにバツが悪くなった。  きょうも気持ちのいい朝が来た。朝から味噌のいい香りが漂ってきた。オレはラジオをつけ、ニュースを一五分間聴いた。  小百合が、「納豆を切らしたわ」と奥からいう。 「別になくてもええで」  オレは答えた。納豆を食べるのはオレだけだ。わざわざ好きなメーカーのを買ってきてもらっている。好物なので朝食に並ばないのはいささか残念だが、先週まで病床に伏せていた女に全てを求めるのは酷だった。 「きょうは神戸にでも出かけるか?」  珍しく、今朝は和食になった。安かったという鯵の干物が焼ける匂いに鼻をひくひくさせながら、訊ねた。 「ええ、達夫さんさえよければ。アタシは特に予定もないし」  二人して神戸のハーバーランドに出掛けた。ウミエという商業施設で服などの買い物をして、定食屋でランチを食べた。映画を観ようと小百合はいってくれた。いざ近くまで行くと掲示板に目ぼしい映画がなく、諦めた。橋を渡ってモザイクのデッキから神戸港を眺めた。 「船がいくつか動いているわね」 「小さいのはタグボートや。沖に浮かんでいる大きいのは貨物船かな。それとも、外国へ行く客船かもしれん」 「そうなんや。素敵。一度でいいから、船旅をして外国の港を巡ってみたいわ」  小百合がオレを食い入るように見つめてくる。 「ロマンチックやな。金かかるでぇ」  うっかり、妻の夢を壊すような言葉を口走ってしまった。 「分かっとるよ。それぐらい。言ってみただけ。夢や、夢」小百合はオレの顔から港の方へと視線を転じた。
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