からむ量子のアモルメカニカ ～恋愛力学～

望まれて生まれなかった子

　２０１５年７月６日　火曜日　ＰＭ８：３０

「バルスッ！」

　呪文に乗って発射した唾の粒子が天井に向かって加速する。
　それらが、空気分子や目に見えない塵に衝突しながら放物線の頂に達したとき、地球の中心に吸い込まれるような落下運動をはじめる。

　この重力の働きだけによって落下する現象を、自由落下、と呼ぶ。

「ぶわははっ、クッソ唾がかかりやがった。きったねー……っておい、何も起きねーじゃねえか」

『全てを閉じよ』
　読んで字の如くのことが起こるとされている上位破壊系呪文。影響範囲を決め、その一切を崩壊せしめるという強い思念をもって声高らかに唱えよ。スラッグ渓谷の鉱山で働く機械工の少年のように、一度は口に出して叫びたい呪文のひとつである。

　だが実際問題、抑圧されたこの世界でそれを唱えようとするならば、ボックスでヒトカラするかトリッターでツイートする以外に方法はない。ましてや俺のように、羞恥を度外視して叫べば誰の目から見ても「気でも触れたのか？」と狂人扱いされるのがオチだ。ちなみに今二階の自室で自宅には誰もいないことは確認済みである。恥丸出し人生爆走中の俺でもそれくらいのことは心得ている。