1、ヴァンパイア・クレーマー

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 燕尾服にシルクハット。羽織った立襟の黒マントが風ではためく。 「ああ……」  腕の中の、女の唇から声が漏れる。それは苦痛とも、歓喜ともとれる呻きだった。女の首筋から口を離す。崩れかけたその肢体を右手だけで支える。 赤く濡れた唇をぺろりと舐めた。 「はーい、オッケーです!」  声と同時に、先ほどまで力なく倒れていた女が立ち上がった。目下売り出し中の新人モデルで、女優の仕事はこれが初挑戦らしい。 「お疲れさまです」  僕はいつもの僕らしい、柔らかい微笑みで彼女に挨拶した。彼女は曖昧に首を動かしただけだった。挨拶はちゃんとしとかないと。 「お疲れさまです」  スタッフさんにも微笑みながら挨拶する。 「シューくん、今日もよかったよ」 「ありがとうございます」 「やっぱり、ただのアイドルとは違うなー」  そんな会話に僕は少しだけ苦笑した。  上条修司(かみじょうしゅうじ)。それが僕の名前だ。平均年齢十六歳の四人組アイドルグループNenAtura(ネナトウーラ)のメンバーだ。  丁度平均の十六歳。穏やかそうな微笑みと、アイドルを超越した演技力が人気の秘密だ。  今は連続ドラマの撮影中。僕は主役の吸血鬼の役で、さっきの子が相手役だ。第三話まで放送済みで、視聴率はなかなかいいらしい。現実と虚構が入り乱れる作風の中、毎回挿入される吸血シーンがエロティックだと評判だ。 「シューくんのおかげだよ!」  なんていう言葉に、 「スタッフ皆さんとの努力の結晶ですから」  と返すことは、もちろん忘れない。  決して驕ることなく、まわりに気を使い、さりげなくグループをまとめあげる、優しいシューくん。それが僕だ。
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