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燕尾服にシルクハット。羽織った立襟の黒マントが風ではためく。
「ああ……」
腕の中の、女の唇から声が漏れる。それは苦痛とも、歓喜ともとれる呻きだった。女の首筋から口を離す。崩れかけたその肢体を右手だけで支える。
赤く濡れた唇をぺろりと舐めた。
「はーい、オッケーです!」
声と同時に、先ほどまで力なく倒れていた女が立ち上がった。目下売り出し中の新人モデルで、女優の仕事はこれが初挑戦らしい。
「お疲れさまです」
僕はいつもの僕らしい、柔らかい微笑みで彼女に挨拶した。彼女は曖昧に首を動かしただけだった。挨拶はちゃんとしとかないと。
「お疲れさまです」
スタッフさんにも微笑みながら挨拶する。
「シューくん、今日もよかったよ」
「ありがとうございます」
「やっぱり、ただのアイドルとは違うなー」
そんな会話に僕は少しだけ苦笑した。
上条修司(かみじょうしゅうじ)。それが僕の名前だ。平均年齢十六歳の四人組アイドルグループNenAtura(ネナトウーラ)のメンバーだ。
丁度平均の十六歳。穏やかそうな微笑みと、アイドルを超越した演技力が人気の秘密だ。
今は連続ドラマの撮影中。僕は主役の吸血鬼の役で、さっきの子が相手役だ。第三話まで放送済みで、視聴率はなかなかいいらしい。現実と虚構が入り乱れる作風の中、毎回挿入される吸血シーンがエロティックだと評判だ。
「シューくんのおかげだよ!」
なんていう言葉に、
「スタッフ皆さんとの努力の結晶ですから」
と返すことは、もちろん忘れない。
決して驕ることなく、まわりに気を使い、さりげなくグループをまとめあげる、優しいシューくん。それが僕だ。
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