1、ヴァンパイア・クレーマー

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 今日の仕事を終え、自宅に戻る。  仕事を初めてしばらくは、実家のある静岡から通っていた。中学卒業と同時に上京してきて、今は都内で快適な一人暮らしだ。 「ああ、うぜぇっ」  部屋に一人、ソファーに倒れ込むとクッションに顔を埋めて怒鳴った。 「くっそ、あの女、一体何回ミスれば気がすむんだよっ、大した台詞も無いくせによぉ!」  ああ、イライラする。クッションを殴る。 「顔がいいだけのモデル女を、俺様の相手にもってくんなつーの! 凛ちゃんは新人だからね、シューくんフォローしてね、じゃねーよ! そりゃぁ、俺様の技能を持ってすれば新人の演技力のなさをカバーすることなんて余裕だがな。だが、しかし! だがしかしだ! 物には限度ってもんがあんだろうがっ」  こっちが地だ。なんか文句あるか。  吐き出したら少しだけすっきりした。殴ってちょっと中身が歪んだクッションに、そのまま体を預ける。  決して驕ることなく、まわりに気を使い、さりげなくグループをまとめあげる、優しいシューくん。誰だそれ。そんなやつ、本気でいると思ってんのか。  こっちはそれが仕事だから、そういうフリをしているのだ。決して驕ることなく、まわりに気を使い、さりげなくグループをまとめあげる、優しいシューくんを演じることが、俺の仕事だ。  アイドルの仕事は足がかりに過ぎない。夢は俳優だ。最終的に俳優としてやっていく為には、今ここで頑張っておかなければ。  いい顔に生んでくれた親には感謝している。その顔利用して先にアイドルになればいいじゃん、と勝手にオーディションに応募した姉にも、まあ、感謝している。  だが、たまにどうしようもなくしんどくなる。  本当の上条修司は、どこにいる?  ソファーに倒れたまま手を伸ばし、鞄から台本を取り出す。明日の分を確認しなければ。  しかし、存在しない架空の人物を存在するように見せるのが仕事だが、それにしても吸血鬼とは……。正直、ホラーは苦手だから、これまで吸血鬼のことをあまり知らなかった。この仕事を引き受けて、慌てて多少調べたぐらいだ。黒い格好をして、人間の血を吸う。俺の吸血鬼のイメージなんてそんなもんだ。  こんな付け焼き刃の吸血鬼、本当の吸血鬼からクレームが来るかもしれない。そんなことを考えた自分に、ちょっと笑う。いよいよ疲れているのかもしれない。本当の吸血鬼? いるか、そんなもの。
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