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自称吸血鬼のダイアナに、まあまあ奥でお茶でも飲みながら、などと言われてリビングに連れ込まれた。逃げたい。が、どうやって逃げたらいいものかが思いつかない。
「どうぞ」
とりあえず怒らせないようにしよう。そう思って大人しくお茶を差し出す。
改めてダイアナの姿を見る。燕尾服にシルクハット、そして羽織った立襟の黒マントという、まるで俺の衣裳のような格好。さらさらとした髪も漆黒だ。真っ白な顔は、絶妙な形のパーツたちが、絶妙な配置で並べられている。凛ちゃんなるモデル女も裸足で逃げ出す美貌だ。見た目だけなら吸血鬼っぽい。
「ええと、それで?」
「クレームをつけにきたのだよ。上条修司」
なんでフルネームなんだ。
「見ているよ、君のドラマ。ヴァンパイア・キッス。その、何番煎じかわからないタイトルはどうかと思うがね」
ダイアナはきっと俺を睨んだ。長い睫毛の下から、意思の強い瞳がのぞく。
「君、吸血鬼がなんたるか、わかっていないだろ? まったく、なんだね、あれは」
「いや、なんだねとか言われても」
「まず、そもそも、そんな血色のいい吸血鬼がいるか。絶食しろ絶食」
「そんな無茶なっ」
確かにダイアナは病的なぐらい真っ青だが。
「ってか吸血鬼だっていう証拠はあんのかよ」
「鏡」
ダイアナが右手を出してくるから、素直に部屋にあった鏡を渡す。
「見たまえ」
ダイアナが鏡を覗き込み、それをさらに後ろから覗く。そこにうつっていたのは、間抜けな顔をした俺だった。俺だけだった。
「……え」
鏡を動かしてもダイアナの姿はうつらない。
「吸血鬼は鏡にうつらない。よもや、こんなことも知らないわけではあるまい?」
ダイアナが、そこだけは異様に赤い唇で楽しそうに笑った。
「……いやいや、これだけじゃ」
かろうじて、絞り出した言葉に、
「じゃあ、これなら?」
ダイアナは呟き、その姿を消した。代わりに部屋に黒い霧が発生する。黒い霧が向かってきて思わず目を閉じる。
「これなら?」
すぐ傍で囁かれて目をあけると、今度は蝙蝠が一匹、部屋の中を飛んでいた。見ているとそれはくるりと宙を回り、つぎの瞬間には狼の姿になっていた。狼が俺に近づいてくる。
「ひっ」
思わず悲鳴をあげると、
「と、まあ、これでもまだ疑うかい?」
狼はそう言葉をダイアナの声で発し、次の瞬間には、ダイアナの姿に戻っていた。
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