また明日

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また明日

 九月五日。巨大な台風が過ぎ去った午後。激しい雨が降り続いていた暗い空は真っ青に透き通り、じめじめした不快な風は爽やかな秋の風に姿を変え、黄金の稲の間をさらさらと音を立てて吹き抜けていた。 「やっぱり稲、みんな倒れちゃってるね」  私は愛犬のマメのリードを引きながら田んぼの畦道を歩いていた。マメは私が小学生のころ、父が保健所から貰ってきた雑種犬だ。  強風のせいで田んぼの稲はほとんどがなぎ倒され、辺り一面に秋の匂いを漂わせていた。蝉たちの声も一月前よりだいぶ小さくなり、代わりに草の中でコオロギが鳴いている。 「今日は小学校の方に行ってみようか」  私はマメに話しかける。マメはわかったような顔をして尻尾を振りながらぐいぐい進んでいく。  大学生活最後の夏休みが終わるまで、あと八日。就職先は未だ決まっていない。私よりよっぽどいい加減な学校生活を送っていた人達から順に、就職先が決まっていく。  彼らより自分の方が優秀だとどこかで思っていた。真面目で、常識的で、勤勉に違いないのだと。しかし、残念なことにそれは違ったらしい。仮にそうであったとしても、何の役にもたっていないのだから意味がない。  何もかもがどうでも良くなり、淀んだ現実から必死に逃げまわる日々。過去の自分や思い出に固執して、独りぼっちで何度も記憶の中を行ったり来たりしている。そんな日々は普段の何倍もの速度で過ぎ去ってゆき、まるで夢を見ているかのようだ。  今のこの瞬間も、そんなくだらない夢の一部にしかなり得ないだと思っていた。この日、思いがけない人物と再会するまでは……
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