また明日

3/7
前へ
/7ページ
次へ
「いないよ。だからこんなところにのこのこやって来られるんじゃん」  弥生ちゃんはそう言うと、マメの頭をこね回すようにわしわしと撫でた。 「この学校に通ってた時はよちよち歩きしかできない子犬だったのに。マメももうおじいちゃんかぁ。信じられないなー」  弥生ちゃんがそう言った時、私は彼女の離婚の話について追及するのはやめようと思った。なんとなく、話題を逸らそうとしているような気がした。 「ねえ、ここにいるのもあれだし、中に入ってみない? マメがいるから校舎の中は無理だけど、職員室に行って『卒業生です』って言えば、校庭に入らせてもらえるんじゃないかな。もちろん、生徒が帰った後でだけど」  私がやや早口でそう言うと、弥生ちゃんは一瞬口をぽかんと開けて、それから噴き出すように笑いはじめた。 「何? なんで笑うの?」 「いや、なんか、めっちゃ気ぃ使われてるなと思って」 「いや、だってさ……」 「いいよ、別に気ぃ使わなくて。あの糞野郎に離婚切り出したの私だし、まだ若いからいくらでもやり直し効くしね。それに暫くの間仕事しないし。私も一足遅れて夏休みを取ることにするよ。ずっと思ってたんだよね。一旦休憩したいなって」  ――仕事。私が今一番聞きたくない言葉だ。私が必死に仕事を探す一方で、弥生ちゃんは仕事を手離している。しかも自分の選択を悔いている様子もない。私とは全く逆の立場だった。 「そうだ。仕事で思い出した。けいちゃんもう就職決まった? これからだっけ?」  自分の肩がビクッと震えるのがわかった。それとほぼ同時に子どもたちの話し声が校舎の方から聞こえてきた。 「あ、もう学校終わったのかな」  私は誤魔化すようにそう言うと、弥生ちゃんの言葉を無視して裏門から校庭の方へマメを引いて歩いていった。裏門と言っても、入り口を遮る柵などは一切なく、入ろうと思えば誰でも入ることができるのだ。都会の学校ではまずあり得ない。平和な田舎だからこそできることだろう。   
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加