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「それでも、最近思い出に対する執着が酷いんだよ。楽しかった思い出だけが心の支えで。ぐるっと回ってここに戻ってくるって言うか……この学校の近くにはしょっちゅう一人で来てたし、何か逃げ出したいことがあると、過去の記憶を反芻しないと落ち着いていられない。自分はちゃんと幸せだったんだ。恵まれた環境で育ったんだ。不幸なんかじゃないって確かめようとする」
「あー、さては就活で行き詰まってるな。さっき話逸らしたの、バレてるからね?」
突然言い当てられ、またビクッと肩が震える。
「……私は、何て言うか、真面目な生活を送ってきたが故に自惚れてたって言うか、今は就活とか氷河期に比べればもの凄く楽な時期だって散々言われてるのに、もう何十社も落ち続けてる。周りのいい加減な友達はなに食わぬ顔で内定貰ってるのに。クソ羨ましくてしょうがない。こんな汚い感情、子供の私は知らなかったのに」
「へぇ。私はそれなりにいい加減に生きてきたし、今ではふざけた職場と結婚相手を手離して気分爽快なのに、なんか皮肉な話だね」
弥生ちゃんはそう言って、今度は手近にあったツツジの葉をむしり始めた。
「結婚かぁ。就職しないとまず叶わないよね。ババアになる前に一度は両方手に入れとかないと、周りから絶対に何か言われる。『まだ結婚しないの?』『どうしてしないの?』『したくないの?』『仕事は何してるの?』『大卒なのに何故そんなところに?』って」
「世間体保つために生きたら駄目だよ……それに、さっきも言ったけどまだ二十二歳でしょ。考えすぎだって」
「いや、でもさ、昔から二十歳過ぎたらもうババアとか言い出す人いるじゃん」
「いつの時代の話だよ。もしそれが本当なら、私のお母さんはもう人間超越して妖怪だし、おばあちゃんに至っては呼吸できる化石だから。その話を成立させるためには、全国の平均寿命を今の半分くらいにぶった切らないといけないよ」
「すると四十五歳くらい? もっと低い?」
くだらない話をしているうちに、気がつけば辺りは薄暗くなり、私たちは同じ所をぐるぐると歩き回っていた。マメが困惑した顔でこちらを見ている。
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