看板

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 その面(ツラ)が無性にむかついて、俺は看板をつかむと足を使って真っ二つにへし折った。 「おい! ちょっと待て!」  さらに折ろうとする俺を、神谷が止めた。 「なんだよ!」 「ちょっと、いいからちょっと待てって! なんだよこれ!」  神谷は割れた看板を指さした。  その看板には、裏全体にツヤツヤした白い紙が貼られていた。写真を撮るため客が後ろに回ったとき、ベニヤ板のままでは見苦しいと思ったのだろう。だが俺が看板を割ったせいで、その紙が破れてめくれあがっている。  紙で隠されていた看板の裏に、何か赤い曲線が書いてあった。 「なんだ、これ」  いやな予感に襲われながら、べりべりと紙をはがす。  開けられた穴を中心にして、複雑な模様が描かれていた。シールをはがした時のように、はがれなかった紙が残り、全体を見ることはできなかったが、その模様が魔法陣なのは見てとれた。  『悪い念が絡みついている』  吉岡はそう言っていた。そして、あの洗面所の鏡に映った顔のない自分。  おそらく、俺はこの看板をのぞいたことで呪いにかけられたのだろう。軽い不調としか自覚はなくても、少しずつ確実に生命力を削っていく呪いを。  黒い影は、きっとあの世の人間だ。俺にだけ見えるのは、俺が呪いでゆっくりと死にかけ、あの世に近づいていたからか。 「これが原因だったのか?」  神谷の言葉で、考え込んでいた俺は現実世界に引き戻された。 「あ、ああ。たぶん……」  改めて辺りを見回してみると、もう黒い影はいない。きっと魔法陣が壊れたから、俺への呪いが解けたのだろう。  いったい、この看板を作った奴は何を考えていたのだろう。無差別に呪いをかけるようなマネをするなんて……  そこまで考えて、俺は吐き気がするような恐怖に襲われた。  あの看板は、子供がのぞくサイズに作られていた。  つまり、看板に魔法陣を描いた者は、子供に呪いをかけようとしていたことになる。恨みも何もない、大勢の子供に。月並みな言い方だが、鏡の異変よりも、うろつく影よりも、その悪意が一番怖かった。  もちろん、この看板を使った子供全員が死んだわけではないだろう。そうでなかったら、大騒ぎになっていたはずだ。 (いや、待て)  そこまで考えて、俺はすぐ自分の考えを打ち消した。
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