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 けたたましく鳴る目覚まし時計を手繰り寄せた月島友里(つきしまゆり)は、手探りでスイッチを消した。痛みで頭が割れそうだ。昨夜、居酒屋で死ぬほど飲んだせいだ。 「う……気持ち悪……休みたい」  今日は大事な会議があるから絶対に休めない。この真夏に大雪が降ろうと、たとえ宇宙からやってきた巨大な地球外生物に都内が破壊されようとも、どんなに卑怯で姑息な手を使ってでも、絶対に出社しなければいけない。それが都内で生きる、社畜の宿命なのだ。  重い体を叱咤して、友里は洗面所に向かう。 「げっ」  鏡に映る自分の姿に、友里は顔を歪めさせた。  酷い顔だ。昨夜のヤケ酒と号泣で、瞼が見事に腫れている。メイクしたまま眠ったせいで、肌は荒れているし、カールさせた肩までの髪はぼさぼさだ。とてもではないが、他人に見せられる状態じゃない。  若い頃なら少々の無理をしても、翌日にはすっきりとしていたのだが、アラサーともなると、そうはいかない。日々のメンテが女性としての今後に左右するのだ。  鏡を覗きこみながら荒れた頬を撫でて、そこで友里ははっとしたようにその手を凝視した。  ひと月前に恋人からもらった指輪が、薬指から消えている。反対の手でそっと撫で、三日前の電話が夢でないことに気づかされた。  ――友里には申し訳ないと思っているんだ。でも、部長には恩義があるし、どうしても断れなかったんだ……ほんとうにごめん。  友里の知らない間に、彼は部長の姪と見合いをしていた。姪も彼女の両親も彼のことをとても気に入り、今更自分が婚約しているとは言い出せなかったらしい。優しげな言葉で言い繕ってはいたが、結局のところ、自分が悪人になりたくないだけだ。  電話で別れを告げるとは、なんて誠実さの欠片もない、最低な男なんだろう。あんな男のためにこの三日間、自分は瞼が腫れるまで深酒する羽目になったのだ。 「この顔のままじゃ会社になんて行けないわ」  煙草臭い髪も、腫れぼったい顔も、最低な男との思い出と一緒に洗い流してしまいたい。友里は急いでパジャマを脱ぐと、風呂場に飛び込んだ。
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