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「栄田?」
硬直しているハルカの視線を追うと、大通りの向こう側で会社から出てきた佐久間の姿を見た。連れているのはスーツ姿の女性。仕事仲間と営業へ、ということも考えられなくはないが、それなら腕を組んで歩く必要はない。行き交う車のあいだから一瞬だけ見えたのは、佐久間とその女性の堂々としたキスだった。ハルカに目をやると、大きな目を見開き、下唇を震わせていた。そのまま佐久間たちとは逆方向へ逃げ去ろうとするので、手首を掴んで引き止める。
「……もしかしたらとは思ったけど、実際目の当たりにするのはキツイ」
「どうせなら、後をつけて証拠のひとつやふたつ、残しておいたほうがいい」
「だけど、もし僕が抗議したところで、もう僕のところには戻って来ないだろうし、秀一が女性を選ぶのは当然のことだから」
「だから文句のひとつも言わないっていうのか? 栄田が男だろうが傷付いたのは事実なんだ」
渋るハルカの手を引っ張って、佐久間の後を追った。こんな街中のオフィス街で、まだ勤め先も近くにあるというのに、佐久間と女性は人目を気にせずベタベタと体を触り合っている。ハルカと佐久間がこのまま別れればいいと思っているのは確かだが、恋人がいながら他の女にちょっかいを出すような堕落な男には腹が立つ。神崎が手に入れたくても手に入らなかったハルカをいとも簡単に射止めておいて、純粋な彼を容易に傷つける佐久間を単純に許せなかった。横目でハルカを見ると、佐久間が女といるところを見たくないのか、俯いて口を閉ざしていた。
佐久間が向かったのは独身者向けのアパートだった。女性が「片付けてくるから待っててね」と言い残して共同階段を駆け上がっていく。階段の下でひとり残された佐久間に、神崎が先に近寄った。
ふたりの存在にようやく気付いた佐久間は、浮かれた表情から一気に煩わしげな表情へ変えた。ただ、焦る様子は微塵もない。
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