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「……今更、あいつと離れる気が、しない……」  それが一番の理由かもしれない。目が見えなくてもいい、仕事ができなくてもいい。絶対に振り向いてくれるはずがないと思っていた相手が、やっと振り向きかけている。ようやく手に入れた二人の時間をここで手放したくない。  志摩は小さく鼻で溜息をついて、口元を少し緩ませた。 「……さっきさ、びっくりしたんだよ。来るもの拒まず去る者追わず――っていうより、来るもの場合によって拒み、去る者追わずの正臣が、ああやって誰かの服を掴んで引き止めるの初めて見た。『傍にあるものを適当に掴んだ』っていうのじゃない。自分の意思で佐久間を引き止めたんだ。たぶん、今のあいつにはお前が必要なんだろう」 「……そう、ですかね。でも、あれだけハルカのことを好きだったのに」 「誰が誰を好きになるかなんて、分かんねぇもんだな。一時期、佐久間のことを毛嫌いしてたのに、こんな変えるもんなのか、同族意識ってのは」 「同族意識?」 「正臣な、中学生の頃に両親亡くしたんだ」  ふと家政婦の多田が、「早くにご両親を亡くされてるし」と洩らしたのを思い出した。 「もともと和やかな家庭じゃなくてよ、小さい頃から無駄に厳しく育てられたそうだ。そのせいか両親が亡くなってもあいつは泣かなかった。それを姉ちゃんに責められたんだとよ」 「神崎に、お姉さんがいるんですか」 「ああ、でも正臣が国家試験に受かってから行方が分からないらしい。あいつが言うには縁を切りたいのをずっと我慢してきたんだろうってな。今は生きてるのか死んでるのかも分からないよ」 「……」 「正臣が他人に関心がなくて冷たいのは、そういう家庭環境があったからだと俺は思うんだ。本人は全然そんな素振り見せないけど、やっぱり根底にあるものは隠せない」 「根底にあるもの、」 「愛されたい」
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