334人が本棚に入れています
本棚に追加
「聴きに来てくれてありがとう、神崎くん」
「いや、俺もきみがここでピアノの仕事をしていると聞いて、来たくてたまらなかったんだ。こちらこそ素晴らしい演奏をありがとう」
このあと、ふたりで食事にでも。と、続けるより先に、彼が言った。
「着いたみたい」
「え?」
「実は今日、もうひとり誘ってて。仕事が忙しくて来れないって言ってたんだけど、今、来てくれた」
カツカツとやかましいローファーの音を響かせながらやってきたその男は、彼の隣に立った。外は雨が降っているのだろうか。雫の滴る濃紺のスーツを纏った、生意気そうな眼をした男だ。神崎はその男を見るなり眉をひそめた。
「よかったら、このあと三人で食事でもしない?」
「三人、で?」
スーツの男も「聞いていないぞ」というような、抗議する目で彼を睨んだ。
「神崎くんも知ってるでしょ? 佐久間くんのこと。高三の時、同じクラスだったよね? 実は僕……、」
――待て、それ以上言うな。やめろ、やめてくれ。
「佐久間くんと付き合ってるんだ」
最初のコメントを投稿しよう!