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形成外科医の神崎は、個人の医院を開業しながら週に一度、総合病院の形成外科で勤務医をしている。もともと勤めていた病院だった。三十二の時に開業して退職したが、人手が足りないからと頼まれて渋々承諾した。医院が定休日である木曜日が、神崎が総合病院で勤務する日だ。給与はしれた額だが、医院の収入が上々で経営にも生活にも苦労がないので、その辺りはどうでもいい。神崎にとって総合病院での勤務は息抜きのようなものだった。
吉田にも言ったが、神崎が求めているのは収入でも、地位でも権力でもない。やりがいのある仕事なのだ。仕事の幅を広げたくて医院を立ち上げたのに、訪れるのは簡単な整形や傷痕の治療など、神崎にとっては退屈な仕事ばかりだった。
――もっと腕が鳴るようなことをしたい。
自分の理想の形を作りたい。満足のいく形成術をしてみたい。もし絶望的なほど原形をとどめていない骨や皮膚の再建をするとしたら、どんな手順で最終的にどんな姿形になるのか。自分が思い描く理想の骨格をシミュレーションする。
神崎の理想――、ホテルのロビーでピアノを弾いていたあの彼、栄田ハルカしかいなかった。
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