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神崎と栄田ハルカは、高校時代の同級生だ。とは言っても、当時は仲が良かったわけではない。神崎は幼い頃から抜きんでていて、優秀であるが故に周囲を見下してきた。程度の低い連中と群れるくらいなら、ひとりで本を読んだり勉強をしているほうがいいという、生まれながらの一匹狼だった。ハルカとは高校一年の時に同じクラスだったが、初めは存在すら認識していなかった。神崎と違って物腰が柔らかく、協調性もあるハルカとは掛り合ったことはない。神崎がハルカを意識するようになったのは、高校二年の冬。図書室で勉強をしていて帰りが遅くなった日のことだ。たまたま音楽室の近くを通ったら、思わず足を止めてしまうほど美しい音色が聞こえたのだ。それが『愛の夢』だ。
――誰が弾いているのだろう。
興味本位で音楽室を覗くと、夕映えの中でピアノを弾いているハルカを見た。あまりに神々しく美しかったので、目を奪われた。生まれながら色素が薄いらしい肌と茶色の髪に反射する夕陽、もの悲しい雰囲気に似合った音楽。この世にこんなに美しいものがあるのかと神崎は初めて恋に落ちた。
けれども、そこから話し掛ける勇気がなく、結局卒業までハルカと言葉を交わしたことはない。友人と談笑する姿や、放課後にピアノを弾く姿を遠目で見つめるだけだった。
ハルカと初めて会話をしたのは、つい三ヵ月前に行われた同窓会で再会した時だ。十七年ぶりに見る彼は高校時代と変わらず美しかった。忘れかけていた情欲が蘇り、このチャンスを逃してはならないと思った。心臓が喉から出そうなほどの緊張をしながら、ハルカに声を掛けた。
「栄田くん、久しぶりだね」
「神崎くん? 全然変わってないからすぐに分かったよ。相変わらずきみは格好いいね」
一度も会話をしたことがなかったのに、ハルカは自分を覚えていたのだ。嬉しくてたまらなかった。絶対に近付きたいと思った。ハルカがプロのピアニストとしてホテルや病院のラウンジで仕事をしていると聞いたのも、その時だった。
たまたま医院の近くのホテルで演奏をする予定があると知って、早めに仕事を切り上げて観に行ったあの日。初めて音楽室で彼を見た時と同じ高揚感を味わった。
――ああ、もう一度会いたい。
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