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神崎はその名前を聞いて、あきらかな嫌悪を示した。と、同時に「やはりか」とも思った。
佐久間秀一。あの日、ホテルにずぶ濡れで現れて不敬な態度で彼の隣に立った。思い返しても腹が立つ。神崎は溜息を放ち、コーヒーをすすりながら訊ねた。
「……佐久間がどうかした?」
「うん、それが数日前から連絡が取れないんだ。電話しても出ないし、留守電にメッセージを残しても折り返しがない。ラインを送っても反応がなくて」
「……佐久間ってなんの仕事してたっけ? 忙しいんじゃないかな」
「普通のサラリーマン。でもこのあいだはだいぶ暇になったって言ってた」
「仕事をしていれば、いつどんな仕事が飛び込むか分からないからね。今はたまたまタイミングが悪いんだろう」
「そっか。僕は会社勤めをしたことがないから、よく分からないや」
「俺も企業で働いたことはないけど」
そうだったね、と決まりの悪そうに笑う。
「ごめん、神崎くんと佐久間くん、高三の時同じクラスだったから、もしかして何か連絡取ったりしてないかなって思って」
「悪いが、俺は佐久間とはクラスメイトだったという覚えがあるだけで、あいつの連絡先は勿論、あいつがどんな人間で何をしているのかもまったく知らないし、興味がない」
冷淡な物言いから神崎の苛立ちを感じ取ったのか、ハルカは顔を青くして「ごめん」と呟いた。神崎に探りを入れるのは諦めたようで、残り僅かになったコーヒーを、今度はゆっくり飲み干した。
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