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フランツ・リスト作曲『愛の夢』第三番。
神崎正臣がこの曲の題名を知ったのは、彼が高校生の頃だった。放課後の音楽室から毎日のように聞こえる旋律が美しすぎて、一瞬にして虜になった。曲に惹かれたのか、それとも弾いていた「彼」に惹かれたのか。どちらにせよ神崎の心はあの日、奪われた。
甘く切なく、壮大なメロディ。軽快ながらも重みのある指使いは、聴き手に愛を問いかける。鍵盤と指の融合。音のゆらめき、白い指、長い睫毛、赤い唇。
――美しい。
彼の奏でるピアノの音が、彼が、美しい。
神崎は沸々と湧き上がる愛欲と独占欲を押さえながら、ホテルのロビーで『愛の夢』を演奏する彼を見つめていた。
――どうすれば俺のものになるだろう。
彼をものにしたいという支配欲が治まらない。ソファの肘掛けをトントンと叩く指の動きが、次第にメロディとずれていった。
演奏を終えて、ようやく彼が神崎のほうへ向かってくる。途端に胸が高鳴りだした。神崎の前に佇むと、にこりと微笑む。
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