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俺は、ベンツの運転席の扉に手を掛けた。さっきボンネットをへこませたベンツだ。
「ダメだ、喰われるぞ」
「だったら、さっき俺を轢こうとした男は何なんだ」
「あれは、もう喰われてるんだ」
灰色の毛の中から、男が必死に俺を引き留める。俺は笑いながらベンツに乗り込んだ。男には悪いが、俺には運転するのに十分な技術も知識も、そして足もある。男にないものを、この俺は全て持っているというわけだ。
運転席に乗り込んだ瞬間、扉が勢いよく閉まった。
――俺は、閉めていない。
「自分から、奴の口に飛び込むなんて」
男の声が聞こえた気がしたが、もはや俺の頭の中には、下半身をひと息に喰いちぎられた痛みと、車中に響き渡る断末魔の叫び声しか存在しなかった。
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