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「爺ちゃんさあ...」
俺の85歳の祖父、天野輝之は、また「眼鏡がない」と部屋中を探し回っていた、いや荒らし回っていた。
俺が部活から帰宅したときには既に部屋中の引き出しは掘り返されたようになっており、どうしたわけかテレビまでが電源が入ったままで倒されている。
空き巣でも来たかのような有様だ。
「たはーっ」
俺は額に手を当てて、大きくため息を吐いた。
眼鏡が今、この家にあるはずがないのだ。
「爺ちゃん、眼鏡は一昨日修理に出したんじゃねえのかよ。俺は今朝も同じこと言ったぜ」
爺ちゃんは聞いていないのか聞こえていないのか、全く反応を示さない。
「爺ちゃん!」
俺は声のトーンをかなり上げる。
祖父が振り返った。
「ほお?」
俺はまた、同じため息を吐くのだ。
「爺ちゃんなあ...」
俺と俺の母は、夜の11時、祖父が眠りについてから食卓で話をした。
痴呆症の祖父についてだ。
施設に入れるだの、せめて日中はどこかに預けるだのという意見が出たが、結局のところ、祖父に現在の状態で家に居られるのが迷惑なだけなのだ。
「母さんは几帳面だからな」
俺は高校生でかなりガサツな方だと思うけれど、母は結構な几帳面だから、祖父が家を荒らし回る現況に我慢ならないところがあるのだろう。
「勘弁してほしいわよね」
と母が零すように言ったのは本心そのものだったのだろう。
父と祖母は数年前に2人とも亡くなり、家に多くの稼ぎはない。
俺たち3人が「祖父を除いて」面倒なく暮らすのに精一杯なのだ。
「どうすっかねえ」
と、俺が言ったときだ。
ガチャリ。
ドアが開く音がした。
玄関だ。
爺ちゃんだ。
「爺ちゃん!」
俺は走り寄ると、祖父の肩を引いて引き止めた。
「駄目だぜ、勝手に外へ行っちゃ」
祖父はぶすりとすると、黙って2階の寝室へ戻って行った。
俺と母は、また同じため息を吐いた。
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