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健司が、いきなり思いついたように俺に言った。
「なあ凌太、本当に欲しいもんって手に入んない方がいいのかもなあ」
昼公演が終わったばかりの楽屋。同じ劇団のメンバー、日置健司の頭の下には、エネルギッシュに二時間主役を演じ切って、死体のようにうつ伏せている純さん。
俺はなんでかやけにドギマギしてしまい、ただうなるように返事をして目をそらした。
それ以上の言葉はない。健司のしつこさにはうんざりだけど、いつもみたく聞けよとか言ってこなけりゃこないで、違和感がある。
なもんで視線を戻すと、健司は俺に細い背を向け、純さんの背中に頭を埋めて丸くなっていた。
そのハリネズミ並みに髪を立てた頭をガン見しながら、俺んだぞ。俺んだぞ。と、子供じみたつぶやきを胸の中で繰り返す。
時々、強い衝動に駆られる。お気に入りのおもちゃを奪い返す子供みたく、無言で堂々と身体いっぱい宣言してやりたくなる。
純さんは俺のもんだ! って。
まあ、実際にはできっこねえけど。
坊主頭をボリボリかきながら、煙草に手を伸ばした。
本当に欲しいもんは手に入んない方がいい、か。
健司の言葉を、ゆっくり反芻する。
なんで健司がそんなことを俺に言うのか、なんか意味ありげで、純さんを枕にしての発言ってのがまた意味深で、ってのは考えすぎ……とも言えない。
ずっと疑ってきた。健司は純さんを狙ってんじゃねえのかって。でもそんなの、健司に確かめんのはバカすぎる。当然、純さんにも聞いてない。そんな俺は俺じゃねえ。情けねえしカッコ悪りい。
あ、なんだよ。健司、またフィギュアの本見てたんじゃん。欲しいけど手が出ない、高いフィギュアでも載ってたのかな。
なんて思うこと自体、自分をごまかそうとしてるってことだから、ちょっと腹が立つ。考えまいとしても、いつの間にか霧みたいに頭の隅を漂ってる。
本当に欲しいもんは手に入んない方がいい。一理あるわ。たまには健司もいいこと言うなあ。
と一瞬、真面目に考えようとして、やっぱやめた。
だって今はそれどこじゃねえ。俺、伊集院凌太が所属する、演劇集団カーゴの初めての全国ツアーは、まだ始まったばっかりだ。俺も横になって夜公演まで休んどこう。
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