生贄

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 タイチはくしゅん、とくしゃみをし、それでまた腕に縄が食い込んだ。その痛みと恐怖で目に涙が滲んだ。  春になったとはいえ日が暮れた後は寒い季節だ。  タイチのまだ細い体が雁字搦めに縛り上げられ、畳一畳ほどの大きさの岩の上に転がされたのはまだ日が高いころだった。岩の周りには、袋に入れられた穀物、この時期に採れる野菜や干し肉、酒瓶などが置かれている。  まだ十三になったばかりのタイチは、自ら志願して山に棲む鬼に生贄として捧げられたのだ。この世で一番大切なものを守るために。  鬼の話は、小さいころから何度も聞かされてきた。肌は真っ黒で岩のように硬く、頭には二本の角が生え、身の丈は大人の男性の倍はある。大きな木を片手で引っこ抜くほどの怪力で、山の中を風よりも速く駆けることができる。そして、たまに人里に降りてきては家畜をさらったり畑を荒らしたり、悪い時には人をさらって喰ってしまう。  だから、そうならないように数年に一度こうやって生贄を捧げるのだ。こうすることで、村の人たちは鬼におびえることなく安心して暮らすことができる。  最後に生贄になったのは、タイチの幼馴染のハナだった。事故で両親を亡くしたばかりだったハナは、まだ十にもなっていなかった。生贄にはハナやタイチのように親のいない子供が選ばれる。厄介払いも兼ねているのだ。  木々の間を風が吹き抜るざあっという音。とおくから聞こえるフクロウの声。  顔を布で覆われているので、辺りを見ることもできないタイチはひたすらに耳をすませた。  鬼はいつごろやってくるのだろう。聞いた話によると、生贄を捧げた翌朝にここを訪れると、生贄も周りの供物もきれいに無くなっているのだそうだ。  もう辺りは暗いはずだ。いつ鬼がやってきてもおかしくない。  自分もハナと同じように、鬼の鋭い牙で頭からバリバリと食べられてしまうのだ。死んだらハナにもう一度会えるだろうか。
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