生贄

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遠くで落ち葉を踏み分けるかすかな音がした。こちらに近づいてくる足音だ。  タイチは心臓をぎゅっと掴まれたような気がした。  冷たい汗が全身から噴き出すのがわかる。  足音がだんだんと大きくなる。でも、なにかおかしい。小さな軽やかな足音と、大きくゆっくりした足音の二種類が聞こえるのだ。  鬼が二匹いるなんて聞いたことがない。  どういうことだろう?  ついに足音がタイチが寝かされている岩のすぐそばまで来た。  ――姉ちゃん  どうか幸せになってくれ。  これが最後と姉の美しい顔を思い描いたのと、顔を覆っていた布がやや乱暴に取り払われたのは同時だった。 「あ、やっぱりタイチじゃない」  聞き覚えのある声だった。 「……ハナ?」  恐る恐る目を開けると、そこには記憶にある数年前の姿よりも成長してはいるが、間違いなくハナの姿が月明りに照らされていた。 「もう大丈夫よ。災難だったわね」  困惑するタイチに、ハナは明るく笑う。 「クロギ、縄を解いてあげて」  ハナは背後を振り返りながら言った。  その視線を追ったタイチは、そこにもう一つ人影があることに気が付いた。  鬼だ。  心臓が再び飛び上がった。  でも、なにかおかしい。聞いていたのよりずいぶんと小さい。村にいる大人の男性とあまり変わらないくらいの大きさしかない。  人影がハナに並んで立ち、月光に照らされた。  そこに見えたのは、やや大柄だが優しい顔立ちの普通の青年だった。  牙も角も見えない。これが鬼? 「ハナ、その……」 「質問は後で!帰って落ち着いてからね」  ぴしゃりとハナは遮った。成長してもこういうところは以前となにも変わらない、とタイチは思った。
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