目が覚めたら…

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 もし他人の記憶を買うことができるとしたら、あなたならどうする……  カーテンのすき間から差し込む光が眩しくて、谷村美嘉はうっすらと目を開ける。泥のような眠りから目を覚ましたのだ。辺りには、初冬のぴんと張ったような冷たい空気が流れている。  美嘉の目が最初にとらえたのは、自分を見つめる見知らぬ中年の女の冷ややかで硬質な顔だった。視線が絡み合う。 「お目覚めですか?3日間ずっと眠っていたのですよ」 女の声はぬめり気を帯びていた。 「3日間?」  そう言えば、身体が鉛のように重たい。だが、それよりも深い森に迷い込んでしまったような心細さがあった。それに、いつの間にか、自分が見慣れないパジャマ姿になっていることに気づく。 「そうですよ。みんな心配していました」  この時だけ女は笑顔を作って言った。美嘉は、覚束ない眼差しで辺りを見回す。ここが自宅でないことだけはわかるのだが、かといって病院でもなさそうだ。それは部屋の様子や、女が白衣を着ていないことから想像がついた。しかし、まだ覚醒しきっていない脳にはそれ以上のことは何も浮かんでこない。いったい自分の身に何が起きたのだろうか。 「みんな?」 「そうです。この村のみんなが、です」  この村? この村? 美嘉は心の中で繰り返す。だが、何かを考えようとすると頭が痛くなる。そんな美嘉を見て、中年女は哀れみの表情を浮かべている。この女は何者なのだろうか。 「まだ意識がしっかりしていないようですので、もうしばらくお休みくださいね」  言葉は丁寧だが、どこか威圧的である。女は表情から力を抜いてベッドから離れ、部屋を出て行った。途端に息詰まるような静寂が訪れる。一人になった美嘉は、不安の影に怯える。このままここにいると、自分の身に危険が及ぶような気がする。何とかしなくてはならないと思うが、何をしたらいいかすらわからない。まず自分が置かれている状況を正確に把握しなければならないと思い直す。  
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