23人が本棚に入れています
本棚に追加
糸口
瑞奈が死神の裏垢にフォローされた。
その事実は三人に大きな衝撃を与えた。しかもメッセージに記されていた死までのカウントダウンは、僅か一週間。早急にこの問題に対処しなければ、瑞奈の命が危ない。焦りが息苦しさとなって襲ってきた。
涼介たちはすぐに行動を開始した。自分たちが知り得る限りの全てを洗いざらい警察に相談することにしたのだ。それまでは慎重な姿勢を見せていた隼人も、瑞奈が死神にフォローされた今となってはその選択に躊躇する素振りは見せなかった。なりふり構わず何んしてでも死神の正体を突き止め、瑞奈を命の危機から救おうという意思統一が為されていた。
しかし、警察の対応はそんな三人の期待を大きく裏切るものだった。三人は急いで死神の裏垢の存在の証拠になり得る事実を徹底的に調べ上げてまとめ、懸命の思いで訴えた。だが警察はその訴えをまともに取り扱おうとはしなかった。
「君たちさあ、俺たちがこんなくだらないオカルト話で本腰を入れて調査に乗り出すとでも思ってるの?」
「でも、実際に被害者が何人も出てるんです!」
「被害者って。全部自殺か、事故や事件に巻き込まれただけじゃないか。それとも、これ全部誰かが企んで裏で糸を引いてるとでも? 阿保らしい」
あきれ果てた表情で、容赦なく切り捨てられた。何とか食い下がろうとしたが、取り付く島もなかった。三人は失意の底に沈んだ。
「誰も、助けてくれないのかよ……」
「どうしたら……」
こうしている間にも、残された時間は着々と少なくなっていく。瑞奈は見るからに冷静さを失い、恐怖に体を縛られていっている。
「もう、俺たちで何とかするしかない。何とか、死神の裏垢の正体を突き止めよう」
涼介は焦りを必死に抑え込みながら言った。
「でも、どうやって?」
「分からない。でも、何かしら行動しないとどうにもならない。どんな小さなことでも良いから、糸口がないか探してみよう。俺は、まずるしふぁーのアカウントを徹底的に洗ってみようと思う」
「アカウントか……じゃあ、俺はもう一回死神の裏垢関連の噂を調べてみる。もしかしたら当事者と繋がれるかもしれないし」
「そうだな、頼んだよ」
隼人にそう言った後、涼介は青白くなっている瑞奈の顔を覗き込んだ。
「絶対に俺たちが何とかするから、瑞奈」
それから、三人でキャンパス内の情報ルームに籠って必死で調査を進めた。重苦しい空気が場に立ち込めてはいたが、涼介はその空気に押しつぶされないよう強い意志を持って手と頭を動かした。あの忌まわしい死神の正体に通ずるものであれば、どんな小さな手掛かりでも良かった。
「おっ……!」
黙々と作業を始めて二時間ほど経った頃に、涼介がこれまでの空気とは異なる張りのある声を上げた。
「どうした?」
すぐに隼人が食いついて来た。
「友達が死神の裏垢にフォローされたって人と繋がれた!」
「ほんと?」
涼介の言葉に、瑞奈の目が微かな期待に光ったような気がした。糸口につながるかは分からないが、待望の一歩目だ。
「うん。すぐにても話聞かせてくれるって言うから、会って来ようと思う」
涼介は、るしふぁーにフォローされているアカウントを一つ一つ地道に見ていった。その被害者たちの過去の呟きを遡り、やり取りをしているアカウントがあれば片っ端からメッセージを送ってみた。
『突然のメッセージ申し訳ございません。僕の大切な人が、フォローされると死が待っているという死神の裏垢にフォローされてしまいました。過去に同じ経験をされているのではないかと思い、メッセージを送らせていただきました。もしご迷惑でなければ、話を聞かせていただけませんでしょうか?』
ダメもとでアタックしていたのだが、思いがけずある一つのアカウントから返信があった。守屋という名前の二十四歳の男性らしく、聞けば確かに友人が過去に死神の裏垢にフォローされ、その後自殺をしてしまったという。東京に住んでいるため、自分で良ければ直接話をしても良いとも言ってくれた。
「私も行きたい」
瑞奈が切実な表情で訴える。
「いや、ここは俺一人で行ってくるよ。瑞奈は隼人と一緒にここで待ってて。ちゃんと聞いてきた話は共有するから」
始めは瑞奈と二人で行くことも考えたが、瑞奈にとってショッキングな内容も出かねないと思い、涼介は考えを改めていた。
「悪いな涼介。頼んだぞ」
「ああ、話を聞いたらすぐに帰ってくるよ」
涼介は守屋に指定されたマンションの前に辿り着いた。最寄りの駅からは歩いて十五分ほどの距離にある、細長いマンションだった。入り口のガラス戸を押し開け、インターホンを鳴らす。
「はい」
すぐに返事があった。
「あの、ツイッターでやり取りさせてもらった宮田涼介です」
「ああ……はい、どうぞ」
すぐにオートロックの扉が開いた。涼介はエレベーターに乗り五階の守屋の部屋に真っすぐ向かった。
再び部屋の前でインターホンを鳴らすと、ややあってひょろりとした背の高い男が玄関の扉を開けて現れた。
「どうも、守屋です」
「宮田です。突然すみません……」
「いいえ。どうぞ、中へ」
涼介は促されるままに守屋の部屋に入った。室内は小綺麗に片付けられており、きっと綺麗好きなのだろうと彼の内面を伺わせるものだった。「どうぞ、座ってください」という言葉に、多少遠慮しながら涼介はソファーに腰掛けた。
「身近な方が、フォローされてしまったんですか?」
守屋は向かい合って座るや否や本題に切り込んで来た。
「はい、突然のことでした。残された時間はあと一週間だっていうメッセージも送られて来ました」
涼介は守屋の遠慮のない切り込みに内心少したじろぎながらもありのまま起こった事象を説明した。
「ふうん、なるほど。あらかた、僕の友人の時のパターンと同じですね」
涼介の話を聞いた守屋は表情を変えずにそう言った。
「同じ……」
「ええ、何の前触れもなくあのるしふぁーというアカウントにフォローされて、残された時間は一週間だというメッセージも届いたようです。しばらく連絡を取っていなくて、久しぶりに連絡が来たと思ったらその内容だったのでびっくりしましたけど」
「それまではあまり連絡を取ってなかったんですね」
「はい、その半年前くらいまでは頻繫にやり取りもしていて、遊びに行ったりもしていたんですけどね。何だか返事が返って来づらくなっちゃって。たまに返信があっても素っ気ない内容だったり。まあ、その時は本格的に仕事も忙しくなってきたのかなってあまり気には留めていなかったんですが」
「そう、なんですね……」
何かが、引っかかる。涼介は守屋の発言を聞いて直感的にそう感じた。
「ツイッター上での投稿にも、変化はあったんですか?」
「うーん、そう言えば昔に比べるとかなり投稿数は減っていったかもな。昔は投稿数も多くて、機知に富んだ内容も多かったからそれなりにフォロワーも多いアカウントだったんですけど。たまに投稿されるツイートも、何だかネガティブな内容が多くなっていってたような……」
「その後に死神の裏垢にフォローされて、そのまま自殺しちゃったと」
「そういうことになりますね。フォロワーされたことが引き金になってしまったのかな……」
「他には、何か変わった様子はなかったですか? よく分からないツイートをしていたとか」
とにかく、どんなものでも良いから糸口につながる情報が欲しい。ほんの僅かなものではあったが、守屋の話を聞いて暗闇の中に微かな光が灯ったように感じていた涼介は必死だった。
「変わったことか……」
守屋は顎に手をあてがって押し黙った。しばらく考え込んだ様子を見せた後、「ああ、そう言えば」と声を発した。
「何か?」
「いや、そいつね、ブログも書いてたんですよ。ツイッターとは違って細々とではあったけど。そのブログの記事に、何だか異質なのがあったなと。ちょっと待ってくださいね」
そう言うと守屋はスマホを手に取り俊敏な指さばきで画面を操作し始めた。
「あった、これだ」
守屋が手招きをする。涼介は急いで画面を覗き込んだ。
「この、『救済』ってタイトルの記事なんですけど……」
救済……その言葉に涼介の心が不快に揺らいだ。
「この記事の中で、怪しいサイトを紹介してるんですよ。世の中にはこんなコミュニティもあるんだ、勉強になったっていうコメントと一緒に」
守屋が記事内のURLをタップした。涼介の中に俄かに芽生えていた嫌な予感は現実のものとなった。
「救済の、園……」
画面の中に広がる華美な装飾。見間違いようもない。そのサイトは、過去に野屋敷という女に教えられて見に行った救済の園に他ならなかった。
最初のコメントを投稿しよう!