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衛生兵が駆け付け地面に転がった将兵の救急対応をしていると、ドンメル元帥の元に伝令が走ってきた。彼はデッドラー総統付きの伝令で、デッドラーの意志を伝える役割を担っていた。
「デッドラー総統ど伝言でず」
と、鼻詰まりの声で伝令は言った。
「撤退」
ドンメルは耳を疑った。
「だでぃ?」
Daddy?ではない。何ぃ?と言ったのだ。
「撤退でず。撤退」
伝言はシンプルだった。
ドンメルは後方の櫓を見やった。
デッドラー総統が座っていた櫓の上の席には誰もいない。デッドラーはそこにはいない。
総統閣下、と、ドンメルは思った。
撤退ですか。
本当に撤退ですか。
ドンメルの頬に涙が伝った。
本物の涙だった。
ドンメルは地底帝国の歴史を思っていた。
地上人類に地底に追いやられて五千年。
地上征服作戦第一陣、恐怖の洪水作戦から三千年。
ようやく我々は。
ようやく我々は地上に進撃できるんですよ。
ようやく我々は。
地底で代々サバイバルを強いられ続けてきた我々は。
「撤退でず撤退。こんだ臭気ど中で戦闘は不可能だ。しかし今回ど戦闘で地上人類ば絶滅じだ。一旦地下深く撤退。次回は鼻栓でぃ加えてアイバズグぼ開発じで戻っでぐるぞ、と総統はおっじゃっでいばず」
伝令は必死で総統のお言葉をドンメルに伝えている。
伝令の言うことは理解した。
撤退だ。
その命令がデッドラー総統の命令であることも理解した。
しかし。
抵抗があった。
ドンメルの中に。
ドンメルの心の奥底に抵抗があった。
闘うか、死ぬか。
その2つしか選択肢は無い。
それが地底帝国軍の絶対的な教えであった。
撤退。
そんな選択肢は無い。
伝令の男は、未だ将兵達に指令を出そうとしないドンメルの足元にひれ伏すようにして、泣いている。
泣いているのかニンニク臭にやられているのか、もはや判別がつかない。
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