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ガコン。
全厚二百ミリのチタニウムの扉が開錠する音を聞いたのは、地球から射出されて二百六十日と十八時間が過ぎた時であった。ランクスは右下に備えられた五インチのモニターで自動録画が開始されたことを確認した。今送信が開始されたこの映像は約十分後に地球に届き、全地上波にて生放送される筈だ。続いてランクスは再度自分の宇宙服の具合を確かめた。気密保持OK。宇宙服の下のゴーグルOK。
いよいよだ。
僕は火星に来た。
ランクスは用意してあったカーボン製の日の丸の旗を左手で握ると、右手で扉の脇にある開扉のボタンを押した。扉の外には砂と岩から成る火星の大地が広がっている。探査船には窓が無かった。しかし生中継用の五インチモニターが、一足先に外部カメラの映像を映し出していた。果てしなく続く砂と岩。赤く偏光した大地。荒涼。
扉が開く。
光。
光が入って来た。ランクスは思わず自分の右手を目の前にかざして侵入してきた光を避けなければならなかった。
右手で閉ざされたランクスの視界。
手。
ランクスの視界が次に捉えたもの。
手。
その手は真っ白な毛で覆われており、爪が付いている。
チタニウムの分厚い扉がゆっくりと全開していく。その間にランクスの目が眩しい光に慣れてきた。右手を眼前から外す。
人。
白い。
真っ白な人。
そこには真っ白な人が立っていた。
真っ白な体毛。
真っ白な人。
「ようこそ」
手の主は言った。なめらかな声。地底帝国語。
「こ、ここは」
呼吸が荒くなる。
ランクスは必死で呼吸を整えて、それだけを言った。
するとその白い手がランクスを招いた。扉の外へと。
外に出てみる。
恐怖は感じない。全く感じない。
「お待ちしておりました」
白い人がお辞儀をした。
砂と岩は無かった。
そこは砂と岩ではなかった。
荒涼としていない。
それどころか、大地でもない。
ここは外じゃない。室内だ。部屋の中。
大きな、真っ白な部屋の中にランクスは立っていた。
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