其の9 無敵の人

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 小さな檻の中で何日も何日も、することがない。私は自分の汚物を舐めながら、死を待っていた。私はここでこうして干からびていく。生きたまま干からびて、そして死ぬのだ。私は頭の片隅で動物愛護団体のことを思った。地上人の動物愛護団体。オーストラリアに本拠地を置く、過激派とも言われる動物保護団体アニマルセイフ。その女性リーダーと私は対談をした。上野動物園のスタッフが持ち上げた話だった。女性リーダーは言った。「動物にも意志や意識はあるのです。それは人間と一緒です。しかし人間はそれに目を瞑り、動物を虐待し殺害し、見せ物や食用にしている」「その通りです」と私は返答する。「だからこの上野動物園では、それぞれの動物のことを考えて、意識と意志を尊重し、最適な環境でのびのび過ごせるように工夫しているのです」 そうだった。そういうのが上野動物園の売りだった。ここ、上野動物園の。  しかしどうだ。一旦私が犯罪者となり、動物園にとってはマイナスの存在になった途端にこの始末だ。動物園側からは何一つ助けが無いし、動物愛護団体からのアプローチも一切無い。つまり私は見放されたのだ。動物園と動物愛護団体の双方から、彼らが愛護すべき動物以下だと見放されたのだ。そう。私は人間以下の動物であって、なおかつ動物以下の犯罪者でもある。このような前例は今まで無かったのだろうし、だから対処の仕方もわからない。しかしはっきりしていることは、敵だということ。私が自分たちにとって敵だということ。超天才だと思っていたアリクイが、一転、爆弾魔であった。とんでもないテロリストであった。しかしこのとんでもない生き物を裁くのは自分たちじゃない。自分たちには裁けない。では誰が裁くのか? 裁く人はいない。私のような人間以下の、しかし超天才のアリクイのテロリストを裁ける法律も裁く権利も義務も役割も、この世には無い。  何度も何度も考えた。  同じような考えが頭の中をグルグルグルグル回る。  この考えには結論が無い。結論が出ない。  悲劇も喜劇も、結論が無い。  結論が無いまま、私は命が終わるのを待つ。  私は。
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